2020年6月26日

第952回

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19:英国のデキサメタゾン試験の論文原稿が公開 
  • バベンチオをEUでも尿路上皮癌の一次治療後維持療法として適応拡大申請 
  • レルミナを米国で前立腺癌に承認申請 
  • フォスフォマイシンのNDAは審査完了 
  • FDA、フェンフルラミンをドラベ症候群治療薬として承認 
  • FDA、キイトルーダを皮膚扁平上皮癌に適応拡大 
  • FDA、Xpovioをびまん性大細胞型B細胞リンパ腫に適応拡大 


【今週の話題】


COVID-19:英国のデキサメタゾン試験の論文原稿が公開
(2020年6月22日発表)

医学誌などで刊行される前の論文原稿のレジストリーであるmedRxivに、RECOVERY試験の低量dexamethasone(DEX)群に関する治験論文原稿が登録・公開された。6月16日付のプレスリリースから一部の数値が変更されており、今後も変わる可能性があるが、重要なエビデンスになり得る試験なので主要指標をチェックしてみよう。

RECOVERY試験はCOVID-19に感染し英国の医療施設に入院した患者をDEX群と通常医療群に無作為化割付して、救命効果をオープンレーベルで比較した。RECOVERY試験はアダプティブ・デザインで有望な候補薬が登場したら追加設定できるようになっており、DEX群以外にhydroxychloroquine(HCQ)群、Kaletra(lopinavirとritonavirの合剤)群、azithromycin群などが設定されたが、HCQは中間解析で効果が認められなかっため中止。DEXは成功したため、今後は、酸素投与・呼吸補助が必要に関してはDEXを全員に投与した上で試験薬を追加するプロトコルに変わるのではないか。

DEX試験の結果を改めて吟味すると、まず、患者背景は、平均年齢66歳、女性は36%、持病は糖尿病(被験者の24%)、心臓疾患(27%)、慢性肺疾患(21%)など。SARS-CoV-2検査で陰性(10%)・不明(9%)の患者もいた。

介入方法は、DEX群は6mgを経口又は静注で一日一回、10日間を上限に、投与した。実際にDEXを投与した患者の比率はDEX群が95%、通常医療群は7%だった。azithromycinは両群とも23~24%が使用。RECOVERY試験は重症化した患者を組入れて抗IL-6受容体抗体の効果を検討するサブスタディも設定されているが、DEX群とその対照群に関しては1~2%の患者しか使わなかった。

主評価項目は28日全死亡。転帰不明例(4.8%)については、生存退院した後に死亡したという情報がない限り、28日生存と推定した。

結果は、DEX群の28日全死亡率は21.6%、通常医療群は24.6%となった。DEX群のほうが平均年齢が1歳高いことを調整したレート比は0.83(95%信頼区間0.74-0.92)、p<0.001となった。但し、事前に計画されていた無作為化割付時の重症度に基づくサブグループ分析では異質性検定p値が有意だった。具体的には、人工呼吸器装着例(被験者の15%)では28日全死亡率が29.0%対40.7%、レート比0.65(95%信頼区間0.51~0.82)、p<0.001となったが、酸素投与のみ(61%)では各21.5%、25.0%、0.80(0.70~0.92)、0.002と治療効果が若干低下し、どちらも不要な患者(24%)では17.0%、13.2%、1.22(0.93~1.61)、0.14と数値上は悪かった。

発症から無作為化割付までの期間が7日以上の患者の死亡リスクは削減したが、未満では効果がなかった(傾向性検定p<0.001)。インプリケーションは不明。7日以上の患者は人工呼吸器装着比率が高かったため、交絡した可能性があるからだ。

二次的評価項目では、メジアン入院期間は12日と13日でレート比1.11、統計的に有意だった。

治験論文原稿を読んで意外だったのは、まず、転帰不明例が多いこと。非常事態なのでやむを得ないのだろうが、もし両群の転帰不明率が同程度で、真実はDEX群は全員が死亡、通常医療群は全員生存だったとすると、全ユニバースの死亡率の差3%は吹っ飛んでしまう。尤も、全死亡という評価項目は死亡届をチェックすれば検証できるので、真実を見誤るリスクは小さいのだろうが。

一番の懸念は、酸素投与も呼吸補助も不要な患者で死亡リスクが高まる可能性が浮上したこと。統計的に有意ではないが、信頼区間は望ましくない方に大きく張り出しており、Number-needed to-harmは推定26で、もし真実なら、影響は大きい。

第951回で書いたように、免疫抑制剤は免疫機構の暴走を諫める便益だけでなくウイルスが活発化する危険もあるかもしれないので、臨床検査値に基づいて最適な患者を事前スクリーニングする余地はないのか、あるいは、安全性面を考慮すると選択的な免疫抑制剤のほうが好ましいのではないか、等々、研究課題はまだまだ山積みで残っている。

さて、今回、サブグループ分析のデータが明らかになったので、ギリアド・サイエンシズ(Nasdaq:GILD)のVeklury(remdesivir、レムデシビル/JAN)のACTT-1試験結果と見比べてみよう。どちらの試験でも重症度に基づくサブグループ分析が一貫していないので、比較も重症度毎に行う方が良さそうに思われる。但し、両試験は重症度の分類も評価項目も異なり、また、サブグループ分析は本解析より信頼性が劣ることは留意したい。

ACTT-1の主評価項目は退院または感染管理目的で引き続き入院しているが医療は不要となるまでの期間。メジアン11日と偽薬群の15日より早かった。組入れ数が約1,000人と少なく中間解析で成功認定され追跡期間も短縮化されたせいか全死亡では有意差が出なかったが、ハザードレシオは0.70(95%信頼区間0.47-1.04)、14日時点での死亡率(カプラン・マイヤー推定)は7.1%と偽薬群の11.9%比4ポイント以上の差と、見栄えがする。EMA(欧州医薬品庁)によると全生存の最終解析結果が8月までに提出される見込みなので、やがて一般公開されるだろう。

DEXは、上記のように、酸素投与または人工呼吸器/ECMO装着患者で救命効果が見られた。一方、Vekluryは、ベースライン時点の重症度スケールが4(酸素投与不要)だった患者は14日死亡ハザードレシオが0.46だったが、5(酸素投与)では0.22、6(非侵襲的呼吸補助/ハイフロー酸素供給)は1.12、7(人工呼吸器/ECMO)は1.06となっている。

但し、Vekluryのデータは統計的に有意ではなく、また、主評価項目である入院期間と必ずしも符合していない。『軽中等症』の患者における入院期間は両群ともメジアン5日間、レート比1.09で有意差がなかった。EUのCHMPはVekluryを条件付き承認するよう肯定的意見をまとめたが、このデータに基づき、対象を酸素・呼吸補助を必要とする患者に限定した。尤も、上記のように、重症度スケール4という括りだとレート比1.38と、対象はかなりオーバーラップしているはずなのに入院期間の解析結果が食い違っており、変である。

スケール6と7は入院期間で見ても死亡リスクでも、効果が感じられない。日本の添付文書には『現時点では原則として、酸素飽和度94%(室内気)以下、又は酸素吸入を要する、又は体外式膜型人工肺(ECMO)導入、又は侵襲的人工呼吸器管理を要する重症患者を対象に投与を行うこと』と記されているが、人工呼吸器/ECMO導入患者に関するエビデンスは薄弱なのである。CHMPは適応外にはしなかったものの、入院期間が大差なかったことをプレスリリースで明記している。

定性的にまとめると、DEXは呼吸不全が重い患者に適し、酸素投与すら不要な患者には却って有害かもしれない。Vekluryは酸素投与例におけるエビデンスははっきりしている一方で、不要な患者やハイフロー酸素や呼吸補助が必要なほど悪化した患者に対する効果は明確でない。

Vekluryに続いてDEXの臨床試験も成功し、今後は偽薬対照試験ではなく活性薬対照試験、またはこれらの薬を服用している患者にアドオンする試験が主流になると推測される。前者の場合、ベンチマークとなる薬の特性を明確にしておくことが著しく重要だ。例えば、Veklury対照試験を行って効果が非劣性であった場合、試験薬は効果があると言えるのか、言えないのか?対象が酸素投与患者なら言えるかもしれないが、人工呼吸器/ECMO装着患者なら、現状では、非劣性では足りず有意に上回らないとダメだろう。

リンク: Horbyらの治験論文原稿(medRxiv)
リンク: CHMPのプレスリリース(6/25付)


【承認申請】


バベンチオをEUでも尿路上皮癌の一次治療後維持療法として適応拡大申請
(2020年6月22日発表)

ドイツのメルクと米国のファイザーは、抗PD-L1抗体Bavencio(avelumab、和名バベンチオ)を局所進行性/転移性尿路上皮癌の一次治療後維持療法としてEUで承認申請し受理されたと発表した。米国では4月に、日本でも5月に、申請している。

第三相のJAVELIN Bladder 100に基づくもので、cisplatinまたはcarboplatinとgemcitabineによる一次治療を受けて癌が進行しなかった患者に10mg/kgを2週毎点滴静注したところ、中間解析でメジアン生存期間が21.4ヶ月と維持療法を施行しなかった群の14.3ヶ月を上回り、ハザードレシオ0.69、p=0.0005だった。被験者の51%に相当するPD-L1陽性例ではメジアン生存期間は未達対17.1ヶ月、ハザードレシオ0.56、p=0.0003だった。G3以上の有害事象発現率は47.4%対25.2%だった。

リンク: 両社のプレスリリース

レルミナを米国で前立腺癌に承認申請
(2020年6月22日発表)

Myovant Sciences(NYSE:MYOV)は、MVT-602(relugolix)を米国で進行前立腺癌に承認申請し受理されたと発表した。優先審査を受け、審査期限は12月20日。承認されれば、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アンタゴニストの経口剤は初になる。

Myovantはヘッジファンド出身のVivek Ramaswamyが創設したRoivant Sciencesの子会社だったが、大日本住友製薬がRoivantとの資本業務提携を通じて傘下子会社に出資、Myovantは大日本の子会社となった。

relugolixは武田薬品がオリジンで、日本で19年に子宮筋腫治療薬として承認された。海外では子宮筋腫・子宮内膜症用途向けはGnRHアンタゴニストの副作用である骨塩密度低下やホットフラッシュをエストロゲンとプロゲスチンを併用することで緩和する、低量ホルモン・アドバック・セラピー用の合剤を開発。子宮筋腫による出血過剰治療薬として3月にEUで、5月には米国でも承認申請した。子宮内膜症も今回、二本目の第三相試験が成功したので、承認申請されるだろう。

子宮筋腫・子宮内膜症はrelugolixを40mg配合しているが、前立腺癌は120mg(初日は360g)を一日一回、経口投与する。日本の医療施設も参加したアンドロゲン感受性進行前立腺癌の第三相試験では、テストステロン抑制奏効率が96.7%となり、leuprolide acetateデポ製剤を3ヶ月毎に皮注・筋注した群の88.8%と比べて非劣性だった。有害事象による治験離脱率は3.5%対2.6%、MACE(主要有害心臓イベント:全死亡、卒中、または心筋梗塞)発現率は2.9%対6.2%だった。

リンク: Myovantのプレスリリース(前立腺癌承認申請受理について)
リンク: 同(内膜症第三相成功について、6/23付)


【承認審査・委員会】


フォスフォマイシンのNDAは審査完了
(2020年6月19日発表)

Nabriva Therapeutics(Nasdaq:NBRV)はContepo(fosfomycin)を腎盂腎炎を含む複雑性尿路感染症の治療薬としてFDAに再承認申請していたが、審査完了通知を受領した。昨年4月の審査完了通知と同様に、欧州の受託生産会社における品質管理問題が原因の模様で、渡航制限によりFDAが現地査察に行けないことが障壁のようだ。

Contepoは欧州で半世紀近い歴史を持つfosfomycinの新製剤で、同社が買収したZavanteの技術を用いて薬力学や薬物動態を最適化した。QIDP(感染症薬製品認定:承認時に優先審査バウチャーを貰えるなどのメリットがある)やファーストトラック指定(開発・承認をスピードアップするためFDAが支援する)を受けている。

リンク: Nabrivaのプレスリリース


【承認】


FDA、フェンフルラミンをドラベ症候群治療薬として承認
(2020年6月25日発表)

FDAは、Zogenix(Nasdaq:ZGNX)のFintepla(fenfluramine)を2歳以上のドラベ症候群の治療薬として承認した。活性成分は麻薬指定(カテゴリーIV)されていて、弁性心臓疾患や肺動脈高血圧症のリスクがあることから、REMS(リスク評価管理戦略)が導入された。

Zogenixは米国カリフォルニア州の希少疾患用薬開発会社。fenfluramineは1960年代にフランスで食欲抑制剤として発売され、90年代後半に米国でphentermineと併用するフェンフェン・レジメンが爆発的に流行したが、心弁障害や肺高血圧症のリスクが顕在化。米国でfenfluramineとその光学異性体を販売していたワイスは200億ドルを超える和解金を拠出した。ドラベ症候群での承認は、サリドマイドが多発骨髄腫用薬として復活したことを連想させる。

Finteplaは経口液。0.1 mg/kgを一日二回服用で開始し、効果や忍容性を見ながら滴定していく。

欧州でも承認審査中。日本は日本新薬が独占販売権を取得した。

先日、レノックス・ガストー症候群の第三相成功が発表された。適応拡大申請されることになりそうだ。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: Zogenixのプレスリリース

FDA、キイトルーダを皮膚扁平上皮癌に適応拡大
(2020年6月24日発表)

FDAはMSDのKeytruda(pembrolizumab、和名キイトルーダ)を根治手術・放射線療法不適の難治/転移皮膚扁平上皮癌に使う適応拡大を承認した。KeyNote-629試験で105人に投与したところ、ORR(客観的反応率、盲検独立中央評価、RECIST 1.1基準だが一部調整)が34%、完全反応率は4%、反応持続期間はメジアン未達でレンジは2.7ヶ月から13.1ヶ月以上だった。

皮膚扁平上皮癌ではリジェネロン/サノフィの抗PD-1抗体、Libtayo(REGN2810)も18~19年に欧米で承認されている。どちらもエビデンスは単群試験のORRなので、効果を比較することは難しい。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: MSDのプレスリリース

FDA、Xpovioをびまん性大細胞型B細胞リンパ腫に適応拡大
(2020年6月22日発表)

FDAは、Karyopharm Therapeutics(Nasdaq:KPTI)のXpovio(selinexor)を再発難治びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の三次治療薬として加速承認した。60mgを毎週第1日と3日に経口投与した後期第二相試験で、ORR(客観的反応率、独立評価委員会がLugano 2014基準で判定、n=134)が29%、完全反応率は13%だった。反応者の38%が6ヶ月以上持続した。46%で感染症などによる深刻有害事象が発生した。

核外輸送蛋白のエクスポーティン1を選択的に阻害して腫瘍抑制蛋白の蓄積を促す経口剤で、昨年7月に再発難治多発骨髄腫の五次治療薬として加速承認されている。EUでも加速承認審査中で、承認後にDLBCLに適応拡大申請するものと推測される。日本は小野薬品がライセンスしたが戦略上の理由で返還することを5月に発表した。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: Karyopharmのプレスリリース






今週は以上です。

2020年6月20日

第951回

【ニュース・ヘッドライン】

  • FDA、ADHD治療用ゲームソフトの販売を認可 
  • COVID-19:低量デキサメタゾンが呼吸不全患者の死亡リスクを削減 
  • COVID-19:イタリアでアクテムラの臨床試験がフェール 
  • COVID-19:FDA、CQ/HCQのEUAを撤回 
  • COVID-19:FDA、レムデシビルとCQ/HCQの相互作用リスクを警告 
  • COVID-19:ノバルティス、HCQのCOVID-19試験を打ち切り 
  • COVID-19:アストラゼネカ、ワクチンの先行予約が11億回分に 
  • COVID-19:免疫パスポートは期限切れが早い? 
  • ロシュ、AKT阻害剤の第三相試験が成功 
  • テセントリクのTNBCネオアジュバント試験が成功 
  • ベージニオの早期乳癌アジュバント試験が成功 
  • ダラザレックスのALアミロイドーシス試験が成功 
  • FDA、エピザイムのEZH2阻害剤を濾胞性リンパ腫に適応拡大 
  • クリースビータが腫瘍性骨軟化症に適応拡大 
  • キイトルーダが高TMB腫瘍に承認 
  • FDA、小細胞性肺癌の新薬を承認 
  • ノバルティス、コセンティクスがnr-axSpAに適応拡大 
  • ノバルティス、イラリスが米国でもスチル病に承認 


【今週の話題】


FDA、ADHD治療用ゲームソフトの販売を認可
(2020年6月15日発表)

FDAは、Akili Interactiveのデジタル・ヘルス治療用ディバイス、EndeavorRxの販売を認可した。8~12歳の注意欠如型または混合型のADHD(注意欠如・多動症)の治療に用いるゲームソフトで、医師の処方を得たうえで、App StoreからiPhoneなどにダウンロードして使う。ゲーム型医療機器の認可は初めて。

Akiliはボストンの中枢神経疾患治療用ソフトウェア開発会社。EndeavorRxはレース型の3Dゲームで、モバイル機器を左右に動かしたり画面をタップしたりして障害物を回避しながら、30分間に五つの簡単ではないミッションを遂行する。リアクションに基づいてソフトが集中力などをリアルタイム評価し困難度を調節する。

30分経つと翌日までプレイできない。週五日、一ヶ月が一サイクルで、必要に応じて繰り返す。

複数の無作為化割付二重盲検(!)対照試験で、TOVA(Tests of Variables of Attention)やAPI、IRS(Impairment Rating Scale)、ADHD-RSなどが対照群比有意に改善した。治療関連有害事象発現率は9%で、フラストレーション、頭痛、めまい、情緒性反応や易刺激性など。

Akiliは昨年3月に塩野義製薬と日本及び台湾におけるAKL-T01(今回のソフト)とAKL-T02(自閉症の認知不全治療用)の商業化で戦略提携しており、将来的に日本で発売される可能性もありそうだ。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: Akiliのプレスリリース

COVID-19:低量デキサメタゾンが呼吸不全患者の死亡リスクを削減
(2020年6月16日発表)

オックスフォード大学が主導するCOVID-19治療試験、RECOVERYの治験総括医(複数)は、今度は低量dexamethasone(DEX)群の新規組入れを中止すると発表した。酸素投与/人工呼吸器装着を必要とする患者の死亡リスクを削減する効果が確認されたため。

この試験は、COVID-19に感染した英国の入院患者12,000人をDEX、hydroxychloroquine、Kaletra(lopinavirとritonavirの合剤)、azithromycin、または通常医療のみの5群に無作為化割付して28日死亡率などを比較している。ファクトリアルデザインで回復期血漿や、進行した患者の一部を対象にActemra(tocilizumab)の無作為化割付試験も行っている。DEX群は2104人に6mgを経口または静注で一日一回、10日間投与した。

通常医療群(4321人)に対する死亡リスクのレート比は0.83(95%信頼区間0.74-0.92)、p=0.0007だった。サブグループ分析は偏りがあり、人工呼吸器装着患者(通常医療群の28日死亡率は41%)では0.65(0.48-0.88)、酸素投与患者(同25%)では0.80(0.67-0.96)だったが、酸素投与不要患者(同13%)には効果が見られなかった。

DEXはGE化したステロイド薬で様々な疾患に広く用いられている。入手が容易で安価な薬が、number-needed-to-treatが人工呼吸器装着なら8、酸素投与でも25なのだから、コストパフォーマンスは極めて高い。

治験統括医はできるだけ早く治験結果を刊行する考え。内容に問題が無ければ、そして、他国でも進められているであろう試験で異なった結果が出ない限り、標準療法に組入れられていくだろう。RECOVERY試験はhydroxychloroquineの無益性を明確にしたのに続いて、大きな果実をもたらした。

死亡リスクを2~3割削減しても未だ死亡率は高いので、治療法を更に向上しなければならない。良く分からないのがActemra(tocilizumab)のような抗IL-6受容体抗体やJAK阻害剤との関係だ。重症患者がしばしば発症するサイトカイン・ストームの抑制を狙って、複数の重症COVID-19肺炎治療試験が進行していて、上記のようにRECOVERY試験もActemraサブスタディを設定している。DEXの適応が呼吸不全合併患者となるとActemraと被ってくるのではないか。DEXが標準療法に組み込まれた場合、インターロイキン阻害剤を追加しても大きな上乗せは期待できないかもしれないので、もしかしたら、もう出番はないかもしれない。

そもそも、原因疾患はウイルス感染症なので免疫抑制剤は免疫機構の暴走を諫める便益だけでなくウイルスの抑制を弱める危険もあるはずだ。臨床検査値に基づいて事前スクリーニングを行う余地がないのか、あるいは、安全性面を考慮すると選択的な免疫抑制剤のほうが好ましいのではないか?研究課題はまだまだ山積みだ。

リンク: 低量dexamethasoneに関するプレスリリース

COVID-19:イタリアでアクテムラの臨床試験がフェール
(2020年6月17日発表)

AIFA(イタリア医薬品庁)は、中外製薬が創製し海外ではロシュが開発販売している抗IL-6受容体抗体、Actemra(tocilizumab)をCOVID-19肺炎の治療に用いる臨床試験が中間解析で無益認定されたことを明らかにした。イタリアの24施設で398人の入院患者を組入れて転帰を標準療法のみの群と比較する計画だったが、126人の中間解析で2週間の病状悪化/死亡率が各群28.3%と27.0%、ICU入室率は10.0%と7.9%、30日死亡率は3.3%と3.2%と両群大差なかった。

プレスリリースの情報は限られているが、ClinicalTrials.govにNCT04346355として登録されている第二相試験のことと推測される。組入れ条件を見るとPaO2/FiO2が200~300 mm/Hgと記されているので、ARDS(急性呼吸逼迫症候群)の中でも軽度で人工呼吸器などは必要でない患者が対象のようだ。

この点で、4月に明らかにされたリジェネロン・ファーマシューティカルズ/サノフィの抗IL-6受容体アルファ抗体、Kevzara(sarilumab)の第二相試験結果と符合する。重症肺炎(酸素投与が必要)サブグループでは効果が見られなかったが、危機的肺炎(ハイフロー酸素投与、人工呼吸器装着、ICU入室)では死亡・人口呼吸器装着リスクを緩和し退院率を向上するトレンドが見られた。このため、米国の第三相は対象が危機的肺炎だけに変更された。

Actemraはロシュ・グループもイタリアを含め各国で第三相試験を実施している。危機的肺炎なら効くのか否か、今後、明らかになるだろう。

リンク: AIFAのプレスリリース(イタリア語)
リンク: NCT04346355の治験登録(ClinicalTrials.gov)

COVID-19:FDA、CQ/HCQのEUAを撤回
(2020年6月15日発表)

FDAは、chloroquine diphosphate(CQ)とhydroxychloroquine sulfate(HCQ)をCOVID-19の治療に用いるEUA(非常時使用認可)を撤回した。効果が不十分というエビデンスが積み重なり、心血管疾患などのリスクを便益が上回ると考えることができなくなったため。

CQ/HCQのCOVID-19治療試験というとオックスフォード大学が主導するRECOVERY試験のフェールを連想するが、まだ論文刊行されていないせいか、FDAはTangらの治験論文などをエビデンスとした。軽中度の入院患者150人をHCQ群とSOCだけの群に無作為化割付してウイルス検査陰転を比較したが有意差がなかったというものだ。

米国はトランプ大統領がCQ/HCQをゲームチェンジャーと呼び、ホワイトハウスのスタッフから感染者が出た後は自ら、予防目的で服用した。報道によると今回のFDAの措置に不満を示しているようなので、また首のすげ替えが起きないか、心配だ。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: Tangらの治験論文(BMJ)

COVID-19:FDA、レムデシビルとCQ/HCQの相互作用リスクを警告
(2020年6月15日発表)

FDAは、COVID-19治療薬としてEUA(非常時使用認可)を受けているギリアド・サイエンシズ(Nasdaq:GILD)のVeklury(remdesvir/USAN・INN、レムデシビル/JAN)に関して、chloroquine phosphate(CQ)/hydroxychloroquine sulfate(HCQ)と併用しないよう勧告した。非臨床試験でremdesvirの抗ウイルス作用が低下したため。臨床的な影響は確立していない。CQ/HCQはオックスフォード大学主導試験で救命効果が見られなかったため、相互作用懸念が確立していようがいまいが、今後は併用されなくなるだろう。問題は、他の薬との相互作用の情報だ。

米国のファクトシートによると、remdesvirはCYP2C8、CYP2D6、CYP3A4、OATP1B1/P-gpの基質で、CYP3A4、OATP1B1、OATP1B3、BSEP、MRP4、NTCPのインヒビターであることがin vitroで示された。定量情報は記されていない。これらの薬物代謝酵素/トランスポーターを誘導/阻害したり依存したりする薬との相互作用がどの程度なのか、今後の発表を期待したい。

リンク: FDAのプレスリリース

COVID-19:ノバルティス、HCQのCOVID-19試験を打ち切り
(2020年6月19日)

ノバルティスは、hydroxychloroquine(HCQ)のCOVID-19治療試験を打ち切ると発表した。Johns Hopkins大などの施設で440人を組入れてHCQやHCQ・azithromycin併用の臨床的反応率やウイルス駆除奏効率を偽薬と比較する計画だったが、組入れが不調であるため。

HCQは疫学的研究で安全性懸念が指摘されたため、WHOがSolidarity試験のHCQ群を中断してデータ安全性監視委員会に検討を求めたり、英国の大規模試験で当局の要請を受け中間安全性解析を行ったところ、問題なかったが救命効果も見られなかったため、HCQ群を打ち切る顛末になった。

上記疫学論文は結局撤回されたし、英国試験のデータはまだ論文発表されていないが、COVID-19治療の特徴は、不確かなデータでも敏感に反応することだ。第943回で取り上げた、NY地区入院患者に関するRichardsonらの論文を呼んで一番印象的だったのは、入院中にACE阻害剤やARBを止めた症例が多かったことだ。理由が記されていなかったので私も言及しなかったが、ACE阻害剤やARBがSARS-CoV-2の増殖力を高めるという一部の学者の指摘が影響したのかもしれない。

多くの学会が懐疑的な意見を表明しているので油断していたが、代替的治療法が多く存在する中で回避可能なリスクを取りたくない、転ばぬ先の杖、と考える医師が多いのだろう。

リンク: ノバルティスのプレスリリース

COVID-19:アストラゼネカ、ワクチンの先行予約が11億回分に
(2020年6月13日発表)

アストラゼネカはオックスフォード大学ジェンナー研究所が開発したCOVID-19用ワクチン、ChAdOx1/AZD1222の臨床開発を進めているが、政府などからの先行予約が10億回分を越えた。英国政府向け1億回分、米国政府向け3億回分、感染症対策推進組織であるCEPI及びGavi向け3億回分に加えて、新たに、欧州のInclusive Vaccines Alliance(IVA:現時点ではイタリア、ドイツ、オランダ、フランスが加盟)向けに4億回分を供給することを決めた。

アストラゼネカが現在計画している生産体制は、自社で年10億回分、主として低中所得国に供給するインドのSerum Institute of Indiaが年10億回分となっているので、日本などの高所得国に供給する余力は小さくなった。

このワクチンはチンパンジーに感染するアデノウイルスをベクターとしてSARS-CoV-2ウイルスのスパイク蛋白の遺伝子を導入するもの。霊長類試験では感染予防効果がそれほど高くなかったが、肺炎合併率は対照群が66%であったのに対してゼロだった。

チンパンジー・アデノウイルスベクターを使ったワクチンの過去の投与実績は320人と、ワクチンとしては話にならないほど少なく、今回初めて真価が問われることになる。4月に第1/2相試験入り、5月に結果が出る見込みだったが、まだ発表されていないようだ。5月に1万人規模の第2/3相試験を開始、全てが上手く行けば9月に本格供給を開始する予定。

開発が成功するとは限らないが、アストラゼネカは、非常時対応として、先行して生産体制拡充を進めている。今回の先行予約は、政府などにリスクをシェアしてもらう意図もあり、その見返りということなのか、同社はパンデミックが続く限りは利益ゼロで供給することをコミットしている。米国の補助金額は調達本数と比べてかなり大きかったが、報道によるとIVA向けは一回分が約300円となっており、この辺りが変動費相当額なのではないか。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース

COVID-19:免疫パスポートは期限切れが早い?
(2020年6月18日発表)

COVID-19ワクチンが続々と臨床入りし、初期試験の免疫原性データが出始めたが、最も重要な点が明らかになるは未だこれからだ。本当に感染・発症予防に役立つのかどうかは大規模な試験の結果が出るまで分からないが、免疫の持続性は自然感染者のデータが参考になる。Nature Medicine誌に新しい研究結果が論文発表された。重慶市万州区で陽性判定され隔離のため入院した、14日間以上に亘り症状が無い感染者37人と軽症患者37人を追跡調査したもので、小規模なので誤差も大きそうだが、エビデンスの一つにはなるだろう。

興味深いのは、まず、ウイルス排出期間。無症候者の中央値は19日(レンジは6~45日)、軽症患者は14日で有意な差があった。ウイルス検査が陽性でも感染力があるとは限らないが残念なことに、感染試験は行われていない。無症候者の自然歴に関する情報はあまりないが、もしうつす可能性が長期間続くのなら、感染リスクが高いのは発症前後の数日というような、専ら顕在化した患者の所見に基づくプロファイリングだけに依存すべきではないかもしれない。

次に、抗体とその持続性。ウイルス暴露の3-4週後時点で無症候者も軽症者も8割以上がIgG陽性だったが、IgG量の水準は軽症者のほうが数倍高かった。回復期早期の変化を調べるべく退院の8週後に検査したところ、どちらもIgG水準が7割以上低下し、無症候者は40%、軽症者も13%が、血清陰転した。回復期に抗体が急減する現象はこれまでも指摘されてきたが、多寡だか2ヶ月で陰転してしまうのだとしたら、次の冬まで持つことを期待するのは難しそうだ。

もっと大規模、長期間の追跡データが欲しいところだが、ワクチンの効果が数年続くとか、抗体検査で陽性だったからもう自粛せず自由に行動できるとか、楽観しないほうが良さそうだ。

リンク: Longらの論文(Nature Medicine)


【新薬開発】


ロシュ、AKT阻害剤の第三相試験が成功
(2020年6月19日発表)

ロシュは、RG7440(ipatasertib)の第三相転移CRPC(去勢抵抗性前立腺癌)試験の共同主評価項目の一つが成功したと発表した。症状がないか軽症の患者を組入れて、Zytiga(abiraterone)とprednisone/prednisoloneに加えて偽薬またはRG7440を経口投与したところ、腫瘍抑制遺伝子であるPTENの欠落が見られるサブグループのrPFS(放射線学的無進行生存期間、担当医評価)が有意に延長した。もう一つの主評価項目である全被験者のrPFSはフェールした。データは学会発表の予定。

RG7440はロシュ・グループのジェネンテックが04年にArray BioPharma(Nasdaq:ARRY)と開始した創薬プログラムの成果で、AKTの三種類のアイソフォーム全てを非ATP競合的に阻害する。PTEN欠落は転移CRPCの40~60%で見られ、PI3K/AKTパスウェイの異常活性化をもたらしている。

AKT阻害剤の開発はなかなか上手く行かず、RG7440もPTEN変異などを持つトリプルネガティブ乳癌の一次治療paclitaxel併用第三相試験は今年1月に中止された。

リンク: ロシュのプレスリリース

テセントリクのTNBCネオアジュバント試験が成功
(2020年6月18日発表)

ロシュは抗PD-L1抗体Tecentriq(atezolizumab、和名テセントリク)の早期トリプル・ネガティブ乳癌(TNBC)ネオアジュバント試験、IMpassion031試験が成功したと発表した。エストロゲン受容体、プロゲスチン受容体、her2の何れも陰性の早期乳癌333人を組入れて、術前化学療法(nab-paclitaxelとdoxorubicin、cyclophosphamideをシーケンシャルに投与)に追加したところ、pCR(病理学的完全寛解)が偽薬追加群と比べて統計的に有意な、臨床的にも意味のある改善を示した。

術後アジュバント療法における効果を検討するため治験は続行されるが、ネオアジュバントにおける承認を得るために欧米当局と相談する考え。

Tecentriqはイタリアの研究者が行った同様な試験、NeoTRIPaPDL1 Michelangeloで、化学療法(nab-paclitaxelとcarboplatin)に追加する効果が検討されたが、pCRは化学療法だけと大差なかった。IMpassion031試験のデータが公表された段階で改めて整合性が検証されることになるだろう。

リンク: ロシュのプレスリリース

ベージニオの早期乳癌アジュバント試験が成功
(2020年6月16日発表)

イーライリリーは、Verzenio(abemaciclib、和名ベージニオ)のmonarchE試験が成功したと発表した。ホルモン受容体陽性、her2陰性の早期乳癌で摘出術を受けたが再発リスクが高い患者5,637人を組入れて、内分泌療法に追加する効果を検討したところ、中間解析で主目的である無浸潤疾患生存期間延長効果が確認された。データは学会などで発表する予定。適応拡大を申請する予定。

VerzenioはCDK4/6阻害剤で、類薬は複数あるが早期乳癌アジュバント試験が成功したのは初めて。ファイザーのIbrance(palbociclib)はリスクがもう少し小さい患者も組入れたPALLAS試験が中間解析で無益認定されてしまった。やや異なった患者層を組入れたPENELOPE-B試験の結果が年内に判明する見込みなので巻き返しに期待することになる。

リンク: イーライリリーのプレスリリース

ダラザレックスのALアミロイドーシス試験が成功
(2020年6月13日発表)

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、daratumumabの皮注用製剤を用いた新患ALアミロイドーシス試験、ANDROMEDAが成功したと発表した。計測可能な血液学的疾患で一つ以上の臓器が影響を受けている患者388人を組入れて、cyclophosphamide、Velcade(bortezomib)、dexamethasoneの三剤を併用するCyBorDレジメンに更にdaratumumabを追加する効用を検討したところ、血液学的完全反応率が53%とCyBorDだけの群の18%を大きく上回った。主要臓器が増悪したり死亡したりするリスクはハザードレシオ0.58だった。但し、死亡率自体は13-15%で同程度のようだ。

ALアミロイドーシスは免疫グロブリンの軽鎖由来のアミロイドが臓器に蓄積、障害を与える。米国では年4500人が罹患と推測されている。daratumumabは多発骨髄腫用薬Darzalex(和名ダルザレックス)として承認されている抗CD38完全ヒト化抗体。皮注用製剤はハロザイム(Nasdaq:HALO)の遺伝子組換えヒトヒアルロニダーゼを配合することにより皮注を可能にしたもので、Darzalex Fasproとして今年、欧米で承認された。

リンク: JNJのプレスリリース

FDA、エピザイムのEZH2阻害剤を濾胞性リンパ腫に適応拡大
(2020年6月18日発表)

FDAは、エピザイム(Nasdaq:EPZM)のTazverik(tazemetostat)を再発/難治濾胞性リンパ腫に用いることを加速承認した。EZH2活性化変異を持ち二次以上の治療歴を持つ癌と、他に適切な治療オプションがない患者が適応になる。

Tazverikは遺伝子発現に係るヒストンメチル基転換酵素を構成するタンパク質の一つであるEZH2を阻害する。FDAは今年1月に全摘不適の転移/局所進行性類上皮腫用薬として加速承認した。

今回の承認も第二相試験のORR(客観的反応率)に基づくもの。EZH2活性化変異42例のORRは69%(完全反応率12%)、メジアン反応持続期間は10.9ヶ月、野生型53例では各34%(完全反応率4%)と13ヶ月だった。

FDAは、ロシュのcobas EZH2 Mutation Testをコンパニオン診断薬として承認した。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: エピザイムのプレスリリース

クリースビータが腫瘍性骨軟化症に適応拡大
(2020年6月18日発表)

Ultragenyx Pharmaceutical(Nasdaq:RARE)と協和キリンは、Crysvita(burosumab-twza、和名クリースビータ)をリン酸塩尿性間葉系腫瘍による腫瘍性骨軟化症(TIO)に用いる適応拡大がFDAに承認されたと発表した。腫瘍切除不能な2歳以上の患者が適応になる。米国のTIO患者数は年500~1000人で、その半分が切除不能と推定されている。

抗FGF23抗体で、18年に欧米で、19年には日本でも、FGF23の過剰分泌が見られるX染色体遺伝性低リン血症用薬として承認された。TIOでもリン酸塩尿性間葉系腫瘍がFGF23を過剰分泌、血中リン濃度が低下し骨の成長・維持に障害を来す。今回の承認は協和キリンが日韓で実施した14人の第二相試験のデータに基づくもの。

両社は13年に共同開発提携を結び、米国では利益シェア、EUは協和ロイヤルティ・ベースで開発販売している。

リンク: 両社のプレスリリース

キイトルーダが高TMB腫瘍に承認
(2020年6月17日発表)

FDAは、MSDのKeytruda(pembrolizumab)をTMB(腫瘍遺伝子変異量)高値(百万塩基当り10以上)の固形癌に用いる適応拡大を承認した。切除不能または転移性で、前治療歴を持ち、他に適切な治療オプションが無い成人小児が適応になる。反応率に基づく加速承認。

KeyNote-158試験では、TMB値を取得した790人のうち102人が10 mut/Mb以上だった。ORR(客観的反応率)は29%で、反応持続期間のメジアン値は未達だが、反応者の50%は24ヶ月以上持続している。

制約は、まず、小児中枢神経系腫瘍に対する効果や安全性は確立していない。また、MSDのプレスリリースによると、TMBが10 mut/Mb以上、13 mut/Mb未満の患者におけるORRは13%と低い。

TMB高値は、17年に承認されたMSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)/dMMR(DNAミスマッチ修復不全)と同様に、遺伝子変異の多寡に基づいて抗PD-1/PD-L1が効きそうな患者をスクリーニングする。変異が多ければ異常蛋白が多く作られて免疫機構の注意を惹くので、抗PD-1/PD-L1抗体のような免疫強化療法の応答性予測因子として使える可能性がある。

尤も、話は単純ではなく、BMSはTMB高値の非小細胞性肺癌の一次治療にOpdivo(nivolumab)とYervoy(ipilimumab)を併用する適応拡大申請を欧米で行ったが、申請撤回になった。PFS(無進行生存期間)の解析とは異なり、全生存期間の解析ではTMB低値でも化学療法群を有意に上回ったため、適応を限定する妥当性に疑問が生じたからだ。Opdivo・Yervoy併用や抗PD-L1抗体単剤の第二相試験の事後的分析でも、TMBはPFSの応答予測因子であったが全生存期間に関してはワークしなかった。

今回は癌種が異なるので一概には言えないが、全生存期間ではなくORRによる承認なので、承認後薬効確認試験で延命効果が確認されるかどうか、注目したい。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: BMSのプレスリリース

FDA、小細胞性肺癌の新薬を承認
(2020年6月16日発表)

FDAは、イタリアのPharma Mar社が開発したZepzelca(lurbinectedin)を白金薬治療中または治療後に進行した転移性小細胞性肺癌に用いることを加速承認した。天然の海洋物質であるecteinascidinsの類薬でポリメラーゼIIを阻害する点滴静注用薬。第二相試験では確認ORR(客観的反応率、RECIST 1.1)が35%、メジアン反応持続期間は5.3ヶ月だった。有害事象は骨髄抑制など。

米国市場はJazz Pharmaceuticals(Nasdaq:JAZZ)が、日本は中外製薬が、ライセンスした。

リンク: FDAのプレスリリース

ノバルティス、コセンティクスがnr-axSpAに適応拡大
(2020年6月17日発表)

ノバルティスは、Cosentyx(secukinumab、和名コセンティクス)をnr-axSpA(非X線的体軸性脊椎関節炎)の治療に用いる適応拡大が、4月のEUに続いて米国でも、承認されたと発表した。特徴的なX線兆候を伴うr-axSpAに関しては、従来の病名である強直性脊椎炎で既に適応を取っているので、体軸性脊椎関節炎ならどちらにも使えることになる。

Cosentyxは抗IL-17A抗体で、プラク乾癬などに承認されている。類薬であるイーライリリーのTaltz(ixekizumab、和名トルツ)も今月、nr-axSpAに適応拡大が米国で認められた。

リンク: ノバルティスのプレスリリース

ノバルティス、イラリスが米国でもスチル病に承認
(2020年6月16日発表)

FDAは、ノバルティスの抗IL-1ベータ抗体、Ilaris(canakinumab、和名イラリス)を活性期成人スチル病(AOSD)の治療に用いる適応拡大を承認した。欧州では16年に承認されている。

Ilarisはクリオピリン関連周期性症候群やSJIA(全身型若年性特発性関節炎)の治療薬として承認されている。AOSDはSJIAと病態が酷似しており、類似した疾患と考えられているので、自然な適応拡大だ。

リンク: FDAのプレスリリース





今週は以上です。

2020年6月13日

第950回

【ニュース・ヘッドライン】

  • アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型治療薬の第三相データを発表 
  • MSD、キイトルーダの膀胱癌化学療法併用一次治療試験がフェール 
  • FDA、ビエラ・バイオのNMOSD治療薬を承認 
  • オプジーボが米国でも食道がんに適応拡大 


【新薬開発】


アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型治療薬の第三相データを発表
(2020年6月7日発表)

米国マサチューセッツ州ケンブリッジののRNA介入薬開発会社、アルナイラム(Nasdaq:ALNY)は、ALN-GO1(lumasiran)の第三相ILLUMINATE-A試験の概要をERA-EDTA国際会議でバーチャル発表した。原発性高シュウ酸尿症I型(PH1)で軽中度の腎障害を持つ患者39人を組入れた試験で、ALN-G01群は尿シュウ酸塩が顕著に減少、5割の患者で正常化した。

PH1はアラニン:グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼの欠損による常染色体性劣性遺伝疾患。シュウ酸が過剰になり腎臓などに障害を与える。罹患率は数万人に一人と推定されている。、ALN-G01はグリコール酸酸化酵素の遺伝子、HAO1を沈黙させるRNA介入薬。本試験では、3mg/kgを最初の3回は月一回、その後は3ヶ月毎に、皮注した。主評価項目の尿シュウ酸塩減少率(24時間蓄尿、第3~6月の平均値をベースラインと比較)は65.4%、偽薬調整後で53.5%となった。副次的評価項目の一つである、第6月の尿シュウ酸塩正常化(≦0.514 mmol/24hr/1.73m2)率は52%、偽薬群はゼロだった。有害事象は注射箇所反応など。重度以上の有害事象は見られなかった。

代理マーカーに基づく評価だが、事前にFDAの同意を得ている由なので、問題ないのだろう。

アルナイラムは4月に欧米で承認申請した。米国は優先審査で審査期限は12月3日、EUも加速審査を受ける。

サノフィが欧米外の地域でのオプト・イン・オプションを持っていたが行使しなかったため、アルナイラムが全権利を持っている。

リンク: 同社のプレスリリース

MSD,キイトルーダの膀胱癌化学療法併用一次治療試験がフェール
(2020年6月9日発表)

MSDは、Keytruda(pembrolizumab、和名キイトルーダ)のKEYNOTE-361試験がフェールしたと発表した。進行/転移性尿路上皮腫の一次治療として化学療法(gemcitabineとcisplatinまたはcarboplatin)と併用する効果を検討したオープンレーベル試験で、共同主評価項目である全生存期間も、PFS(無進行生存期間)も、事前に設定された成功認定条件をクリアできなかった。モノセラピーの群も設定されたが、上位評価項目がフェールしたため、正式な解析は行われなかった。数値は何れも未公表。

プレスリリースの書きぶりだと、p値の閾値が通常より低く設定されたためフェールしたが0.05ならクリアできたと推測する余地が残っているように感じられる。この試験は米国でモノセラピーによる一次治療が加速承認された時の承認後コミットメントなので、特にモノセラピーの成績は気になるところだ。

米国では17年に尿路上皮腫の二次治療とcisplatin不適に対する一次治療に単剤投与することが承認されたが、後者に関しては、今回の361試験のモノセラピー群のうちPD-L1低発現サブグループの全生存期間が化学療法群より悪かったため、FDAは、一次治療における適応を限定、CPS(腫瘍と腫瘍浸潤免疫細胞におけるPD-L1発現スコア)が10以上または全ての白金薬に不適な患者という条件を追加した。

このような経緯から、モノセラピー群の最終解析結果がこの適応範囲に符合するものであったかどうかが注目される。

また、化学療法併用群のうちCPS≧10のサブグループ分析のデータも気になるところだ。

今回のプレスリリースでは情報が足りない。学会発表が待たれる。

リンク: MSDのプレスリリース


【承認】


FDA、ビエラ・バイオのNMOSD治療薬を承認
(2020年6月11日発表)

FDAは、ビエラ・バイオ(Nasdaq:VIE)のUplizna(inebilizumab-cdon)をNMOSD(視神経脊髄炎関連疾患)治療薬として承認した。NMOSDは主として視神経や脊髄に損傷を与える稀だが深刻な中枢神経系の自己免疫疾患で、米国の患者数は4000~8000人と推定されている。Upliznaは抗CD19afucosylated抗体でrituximabなど他の抗CD19抗体と同様にB細胞系免疫細胞を抑制する。NMOSD患者の8割で見られる、AQP4(aquaporin-4)に対する免疫グロブリンGを持つ患者が適応になる。第三相試験では、症状増悪リスクを77%抑制した。警告は点滴箇所反応、低ガンマグロブリン血症、感染症、催奇性など。他の多くの免疫抑制剤と同様に、進行性多巣性白質脳症のリスクやB型肝炎や結核の再燃リスクも警告。

NMOSD治療薬は昨年、アレクシオン・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:ALXN)のSolirisを抗AQP抗体陽性NMOSDに用いる適応拡大が日米欧で承認された。また、中外製薬が創製し欧米などではロシュが開発している抗IL-6受容体リサイクリング抗体、SA237/RG6168(satralizumab)も日米欧で承認審査中。

Upliznaはアストラゼネカ傘下のメディミューンが08年に買収したCellective Therapeuticsのパイプライン。ビエラ・バイオは18年にメディミューンから開発品8品目を携えてスピンアウトした。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: ビエラ社のプレスリリース

オプジーボが米国でも食道がんに適応拡大
(2020年6月10日発表)

BMSは、Opdivo(nivolumab、和名オプジーボ)を切除不能進行/難治/転移食道藩屏上皮腫に用いる適応拡大がFDAに承認されたと発表した。fluoropyrimidine及び白金薬による治療歴を持つ患者が適応になる。

小野薬品がアジア中心に実施したATTRACTION-3試験に基づく承認。240mg二週毎点滴静注した群の全生存期間はメジアン10.9ヶ月と、docetaxelまたはpaclitaxelを投与した群の8.4ヶ月を上回り、ハザードレシオは0.77、p=0.0189だった。ORR(客観的反応率)は各19.3%と21.5%で有意差なし、PFS(無進行生存期間)は各1.7ヶ月と3.4ヶ月で、上位評価項目の解析がフェールしたため有意性の検証は行われなかった。

日本では今年2月に世界初承認。

リンク: BMSのプレスリリース
リンク: FDAのプレスリリース(6/11付)







今週は以上です。

2020年6月7日

第949回

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19:米国の感染死亡者の1/4は老人ホーム入居者 
  • COVID-19:イーライリリー、抗体医薬の臨床試験を開始 
  • COVID-19:レムデシビルの中等症COVID-19試験結果が発表 
  • COVID-19:ヒドロキシクロロキン、介入的試験でCOVID-19に効果を示せず 
  • COVID-19:クロロキンの安全性に関するLancet論文などが撤回 
  • BMS、多発硬化症用薬の潰瘍性大腸炎適応拡大試験が成功 
  • バイエル、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激剤を日欧で承認申請 
  • FDA、MSDのカルバペネム合剤を院内感染細菌性肺炎に適応拡大 
  • イーライリリー、トルツが米国でnr-axSpAに適応拡大 
  • イーライリリー、サイラムザがEGFR抵抗性変異NSCLCに適応拡大 
  • アストラゼネカ、ブリリンタが高リスク冠動脈疾患の初発予防に承認 


【今週の話題】


COVID-19:米国の感染死亡者の1/4は老人ホーム入居者
(2020年6月2日発表)

COVID-19は欧州や米国、ブラジルなどで大流行しているが、日本などアジアの罹患率は比較的低い。何が違うのかは諸説あり、民意と言われるのはこそばゆいが、PCRの検体は唾液でも良いと言われると、唾が飛びにくくなるのでマスクがやっぱり大事なのかなとも思う。

一つ気になるのは、イタリアやアメリカでは老人介護施設での感染や死亡が多いという報道だ。日本でもクラスターがあったし、公表されていない事例も多いだろうが、日本は特に都市部では入居が順番待ちで、自宅介護を望む老人や家族も多いだろう。集団生活する老人が少なければ乗数的な老人間感染も少なくなるだろうから、それが罹患率や死亡率の違いの一因になっているのではないか?

残念ながら、高齢者の老人ホーム入居率の国際比較、のようなデータは未だ見つけることができないでいる(知っている人がいたら教えてください)。

そんな折、やっぱり老人ホーム入居者の被害が大きいことを確認できるデータが米国のCMS(高齢者や低所得者向け社会保障制度を担う連邦政府機関)から発表された。感染者数では全米の3%を占める程度だが、千人当り感染者数は62人と全米平均の10倍、感染者の死亡は25,923人で全米の1/4を占め、千人当り27.5人、致死率42%となっている。このほかに、スタッフの感染者が34,442人、死亡者449人となっている。

この調査は、5月24日までに回答が寄せられた、全米15412施設の54%に当たる8,332施設の集計。未回答の施設は報告事項がゼロなのかもしれないが、クラスターの対応に忙殺され回答どころではなかったのかもしれない。もし潜在事例が同数あった場合、米国のCOVID-19感染死亡者の半分程度は老人ホーム入居者ということになる。この調査を踏まえて、CMSは規制や罰則の強化を決めた。

老人ホーム入居者の感染状況
感染者数千人当り感染死亡者千人当り
老人ホーム居住者60,43962.025,92327.5
うち、NY州6,54698.52,94842.2
   NJ州5,179206.73,191145.5
   CA州2,72551.01,16923.0
全米1,830,0665.5106,1200.3
うち、NY州373,04019.229,9681.5
   NJ州161,54518.211,7711.3
   CA州117,0103.04,2930.1
注:老人ホーム入居者のデータは5月24日までに報告された分、全米のデータは6月2日時点。
出所:CMSとJohns Hopkins Universityの資料から作成。

リンク: 老人ホームにおけるCOID-19感染症状(CMS、pdfファイル)

COVID-19:イーライリリー、抗体医薬の臨床試験を開始
(2020年6月1日発表)

イーライリリーは、LY-CoV555の第一相試験の投与を開始した。カナダのAbCellera Biologics社がイーライリリーと共同でスクリーニングしたSARS-CoV-2中和抗体のリードコンパウンドで、抗体医薬の臨床入り第一号と推測される。今月末までに結果が出る見込みで、成功なら入院していないCOVID-19感染者を対象に第二相を行う予定。ワクチンの効果を十分に享受でき難い高齢者を対象に予防試験も検討している。

抗体医薬の開発ではリジェネロン・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:REGN)などが先行しているように感じていたが、AbCelleraはダークホースだった。単一細胞微小流体技術と機械学習やデータサイエンスなどの次世代技術を活用した創薬を標榜し、2年前に米国のDARPA(国防高等研究計画局)のパンデミック予防プログラムに参画、プルーフ・オブ・プラットフォームを推進してきた。

COVID-19に関しては今年1月に研究を開始、NIAID(米国立衛生研究所傘下のアレルギー疾患・感染症研究所)とともに、北米の回復患者の血液から採取した500万以上の免疫細胞から500以上の中和抗体をスクリーニング。偶々、抗体医薬創薬に関する提携交渉を行っていたイーライリリーと3月にまずCOVID-19でスタート、3ヶ月足らずでリードコンパウンドを抜擢し臨床入りした。両社は5月に全部で9種類のターゲットに対する抗体のスクリーニングで提携した。

リンク: イーライリリーのプレスリリース

COVID-19:レムデシビルの中等症COVID-19試験結果が発表
(2020年6月1日発表)

ギリアド・サイエンシズ(Nasdq:GILD)は、Veklury(remdesivir、和名ベクルリー)の第三相中等症COVID-19肺炎試験の結果を発表した。SARS-CoV-2に感染し肺炎だが酸素飽和度が94%超の入院患者584人を組入れて、レムデシビルの5日コースと10日コースの11日間の転帰(退院から死亡まで7段階で評価して2段階以上改善)をSOC群(標準医療だけ)と比較したところ、5日コースのオドレシオが1.65(95%信頼区間1.09-2.48)、p=0.017、10日コースは同1.31(0.88-1.95)、p=0.18となった。

5日コースが有効で10日コースがダメとは考えにくい。信頼区間は重なっているので本当はどちらも有効なのかもしれないが、重症肺炎試験も5日コースのほうが数値上、良かったことを思い出す。ちぐはぐな結果になった。

remdesivirはSARS-CoV-2のポリメラーゼ阻害剤。米国立衛生研究所が主導したACTT-1試験でCOVID-19肺炎入院患者のメジアン罹患期間を15日間から11日間に短縮する効果が確認された。今回のプレスリリース発出時点で正式に承認されたのは日本だけで、米国はEUA(非常時使用認可)だけ、EUは承認審査中だ。その日本も適応は原則として酸素飽和度94%(室内気)以下に使うとしているので、今回の試験のインプリケーションは曖昧だ。

第11日時点の応答率(2段階以上改善した患者の比率)は5日コースが70%、10日コースは65%、SOC群は61%だった。1段階だけ改善した患者の比率は各76%、70%、66%。死亡は各0%、1%(2人)、2%(4人)。深刻有害事象の発現率は各4%、4%、9%だった。

リンク: ギリアドのプレスリリース

COVID-19:ヒドロキシクロロキン、介入的試験でCOVID-19に効果を示せず
(2020年6月5日発表)

オックスフォード大学が主導するCOVID-19治療試験、RECOVERYの治験総括医(複数)はhydroxychloroquine(HCQ)群の新規組入れを中止すると発表した。MHRA(英国の薬品承認審査機関)の要請で行われた中間解析で救命効果が見られなかったため。

この試験は、COVID-19感染の入院患者11,000人超を低量ステロイド、HCQ、Kaletra(lopinavirとritonavirの合剤)、azithromycin、標準療法のみの5群に無作為化割付して28日死亡率などを比較している。ファクトリアルデザインで回復期血漿や、進行した患者の一部を対象にActemra(tocilizumab)の無作為化割付試験も行っている。

中間解析は事前に設定されたものではなさそうだ。おそらく、WHOと同様に、MHRAは次項で取り上げるLancet論文の結論に驚き、アドホックに安全性評価を行うよう求めたのだろう。まず独立データモニタリング委員会が検討し、治験総括医に盲検解除データを検討するよう推奨した。

HCQ群(1,542人)は28日死亡率が25.7%、標準療法群(3,132人)は23.5%で、ハザードレシオは1.11、95%信頼区間は0.99-1.26となり、Lancet論文で示唆されたような深刻な安全性懸念は確認されなかったが、救命効果も見られなかった。検出力が足りているのか記されていないが、目標症例数は12,000人なのでhydroxychloroquine群の組入れ進捗率はかなり高そうだし、解析計画における死亡率の前提が上記数値より著しく高いとも考えにくい。

HCQ/chloroquineのCOVID-19の治療における用量は確立していない模様。残念なことに、プレスリリースや治験登録は本試験の用量用法について言及していない。

リンク: RECOVERT試験総括医の発表
リンク: 治験登録(ClinicalTrial.gov)

HCQは北米で実施された暴露後予防試験もフェールした。New England Journal of Medicine誌で刊行された論文によると、COVID-19感染が確認または疑われる人と6フィート(1.8m)以内の距離で10分以上、アイシールドなしで、被検者の88%はマスクもなしで過ごした無症状の成人821人を、暴露後4日以内に試験薬群と偽薬群に無作為化割付して、COVID-19様疾患の罹患率を比較した。試験薬は最初に800mg、6-8時間後に600mg、その後は600mgを一日一回、4日間投与した。結果は、各群11.8%と14.3%となり数値上は低かったが有意な差はなかった(p=0.35)。

この試験は被検者が自らインターネット経由で応募し、郵送された薬を服用し、発症の有無を報告した。非常事態なのでやむを得ないが、その分、アドヒランスや罹患判定の正確さに心許ない点が残る(罹患診断に関してPCRによる確認は必須ではなかった)。相対リスク削減率18%なら全く効果がないとは言い難いが、データの信頼性が万全でないことを考えれば、重視すべきではないだろう。

リンク: Boulwareらの治験論文(NEJM)

HCQ/chloroquineに期待する人はトランプ米大統領だけではないようで、複数の大規模試験が実施されている。次の注目は、WHOのSolidarity試験だ。Lancet論文を受けて当該群の投薬を中断しデータ安全性監視委員会に中間評価を求めたが、結果はどうだったのだろうか。

COVID-19:クロロキン等の安全性に関するLancet論文などが撤回
(2020年6月4日発表)

5月にLancet誌で刊行された、COVID-19の治療におけるhydroxychloroquine及びchloroquineの安全性に関する観察的試験論文が撤回された。同じ著者らが同じEHR(電子医療記録)データベースを用いて行った、患者の持病やACE阻害剤/ARBの服用の有無と死亡リスクの関連性を検討したNew England Journal of Medicine誌の論文も撤回された。

前者は死亡リスクが高まる可能性を示唆、WHOが臨床試験を中断し中間安全性解析を行うことを決めた一方で、研究手法に懐疑的な意見も多かった。後者は、SARS-CoV-2が細胞に感染する時に利用するACE2の発現をACE阻害剤やARBがアップレギュレートするため病状悪化要因になり得る、という仮説に否定的なエビデンスの一つになった。

権威ある査読誌である両誌に掲載された論文が、1ヶ月も経たずに撤回されたのは異例だ。過去にも多くの論文が撤回されており査読が万能でないのは明らかなのだが、パンデミックに対抗したり学会発表と同時に刊行するために査読をそこそこで終えるケースが増えているのだとしたら、残念なことだ。

これらの論文は、Brigham and Women's HospitalのMandeep Mehra医学博士らが、シカゴのSurgisphereという医療情報分析会社の創立者、Sapan S. Desai医学博士と共同執筆したもの。同社のEHRリアルタイム収集分析システムを使って、Lancet論文は6ヶ国の671病院の96,032症例、NEJM論文は169病院の8910症例の医療記録を分析した。前者は、COVID-19感染と診断されてから48時間以内にhydroxychloroquineまたはchloroquineを投与した14,888例と投与しなかった81,114例の入院中死亡リスクを比較した。48時間を過ぎてから投与した症例や、remdesivirを投与した症例は除外。結果は、リスク因子などを修正後のハザードレシオがhydroxychloroquine単剤で2.3倍、マクロライド系抗生剤同時使用例では5.1倍、chloroquineは単剤で3.5倍、マクロライド同時使用で4.0倍という衝撃的なものだった。

論文撤回要求は、NEJM論文に関してはDesai医学博士を含む全著者の連名で、生データが提供されず第三者による検証ができなかったことを理由に挙げている。Desai博士以外の著者だけによるLancet論文撤回要求はもう少し詳しく、同社やDesai博士が行った分析に懸念が寄せられたため博士の同意を得て第三者による監査をロンチしたが、同社がクライアントとの契約に基づきデータセットの提供を拒否した。

私は、Lancet論文を読んで感嘆した。医療従事者が余計な書類仕事に感ける暇もないほど忙殺されている時に、EHRという必ず入力されるであろうデータをリアルタイムに収集し、AIが機械学習などの手法でデータマイニングするという、近未来の魁のように感じられたからだ。ハザードレシオも大きい。

しかし、データを提供した病院の名前やリスク因子の修正の仕方など、具体的な情報が欠けていることや、観察研究は一つだけでは信憑性が低く、もう一つ、他の独立したデータセットの分析が出てから検討しても遅くないことから、本稿では取り上げなかった。

将棋ソフトとプロ棋士の対局を見ていて感じたのは、AIが結論を出すプロセスを人間が追いきれなくなるリスクだ。コンピューターが1秒で出す結論を、人間が一つ一つ検証していたら時間がかかって、AIを使う意味がなくなる。かといって、ブラックボックスのままにしておいたら大きな欠陥を見落としかねない。検証は独立した第三者が行うのが望ましいのだから、AIの結論を検証するためのAIを構築する必要がある。

リンク: Lancet論文著者中三名による撤回要請
リンク: 撤回されたLancet論文
リンク: NEJM論文著者全員による撤回要請
リンク: 撤回されたNEJM論文
リンク: Surgisphere社のホームぺージ


【新薬開発】


BMS、多発硬化症用薬の潰瘍性大腸炎適応拡大試験が成功
(2020年6月2日発表)

BMSは、Zeposia(ozanimod)の第三相中重度難治性潰瘍性大腸炎試験がポジティブな結果になったと発表した。適応拡大に向けて当局と相談する考え。

ZeposiaはS1PR1/5調節剤で、3月に米国で、5月にはEUでも、再発型の多発硬化症の維持療法薬として承認された。初回投与後に数時間観察する必要が無く、事前の遺伝子検査も不要と、比較的手間がかからないことが長所。09年に740億ドルで子会社化したセルジーンが、15年に72億ドルで買収したReceptos社の開発品。

今回の試験は1mgを一日一回投与して第10週の臨床的寛解導入成功率を検討したところ、偽薬比有意に上回った。寛解患者を再無作為化割付して行った離脱試験では、継続投与群の第52週寛解維持率が偽薬スイッチ群を有意に上回った。

Zeposiaはクローン病の第三相試験も進行中。

リンク: BMSのプレスリリース


【承認申請】


バイエル、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激剤を日欧で承認申請
(2020年6月5日発表)

バイエルは、BAY 1021189(vericiguat)を慢性心不全用薬として日欧で承認申請した。肺高血圧症治療薬Adempas(riociguat、和名アデムパス)に続くsGC(可溶性グアニル酸シクラーゼ)刺激剤の第二号で、酸化窒素合成酵素が血管平滑筋を弛緩するパスウェイに係るsGCの酸化窒素感受性を高める。

第三相のVICTORIA試験では、過去6ヶ月間に心不全悪化によって入院乃至は利尿薬静注を受けた、NYHAクラスIIからIVの心不全で左室駆出率が45%未満の患者を組入れて、心血管死または心不全入院のリスクを検討したところ、ハザードレシオが0.90、p=0.019だった。心不全入院だけのハザードレシオは0.90、心血管死は0.93で、どちらも有意ではないが同じ方向を向いている。ハザードレシオが0.80以下ならもっと良かったが、メジアン10.8ヶ月の追跡でイベント発生率が偽薬群38.5%、試験薬群35.5%と高いため、number-needed-to-treatは24と良い数値になっている。

また、NT-proBNPのベースライン値に基づく四分位サブグループ分析では、恩恵が低位3サブグループに偏っており、ハザードレシオは各18-27%だった。

有害事象は低血圧など。尚、本試験は最高血圧100 mm Hg未満の患者は除外した。

リンク: バイエルのプレスリリース


【承認】


FDA、MSDのカルバペネム合剤を院内感染細菌性肺炎に適応拡大
(2020年6月4日発表)

FDAは、MSDのRecarbrioを院内感染細菌性肺炎や人工呼吸器関連細菌性肺炎の治療に用いる適応拡大を承認した。18歳以上で、同薬に感受するグラム陰性菌感染者が対象。

カルバペネム系抗生物質のimipenemとデヒドロペプチダーゼ分解酵素阻害剤のcilastatinおよびベータラクタマーゼ阻害剤のrelebactaを配合する点滴静注用薬で、米国19年に感受グラム陰性菌による複雑性尿路感染症と複雑性腹腔内感染症のマージナルな治療薬(他の治療手段がないか限定的である時だけ使う)として承認された。

適応拡大試験では、28日死亡率が15.9%と、piperacillinとtazobactamを併用した群の21.3%に対して非劣性だった。配合成分に過敏や癲癇など中枢神経障害は禁忌。

リンク: FDAのプレスリリース

イーライリリー、トルツが米国でnr-axSpAに適応拡大
(2020年6月1日発表)

イーライリリーは、Taltz(ixekizumab、和名トルツ)をnr-axSpA(非X線的体軸性脊椎関節炎)の治療に用いる適応拡大がFDAに承認されたと発表した。nr-axSpAは、r-axSpA(X線的体軸性脊椎関節炎、強直性脊椎炎とも呼ばれる)と類似した疾患と考えられているがX線画像上の兆候が見られない。Taltzは19年にr-axSpAに承認されており、今回、抗IL-17A抗体で初めて、両方の適応を取得した。尚、初めて米国でnr-axSpAの適応を取得したのはUCBのPEG化抗TNFアルファ抗体フラグメント、Cimzia(certolizumab pegol)で、19年3月だった。

リンク: イーライリリーのプレスリリース

イーライリリー、サイラムザがEGFR抵抗性変異NSCLCに適応拡大
(2020年5月29日発表)

イーライリリーは、Cyramza(ramucirumab、和名サイラムザ)をEGFR抵抗性変異を持つ転移性NSCLC(非小細胞性肺癌)の一次治療にTarceva(erlotinib)と併用することがFDAに承認されたと発表した。EGFR遺伝子のエクソン19が欠損またはエクソン21にL858R置換のある癌が適応になる。

臨床試験では、この二剤を併用した群のメジアンPFS(無進行生存期間、RECIST 1.1ベース、担当医評価)が19.4ヶ月と、偽薬・erlotinib併用群の12.4ヶ月を上回り、ハザードレシオは0.59、p≦0.0001だった。全生存期間の解析は未成熟で有意差は出ていない。

Cyramzaは抗VEGFR-2抗体で非小細胞性肺癌の二次治療などに承認されている。今回の適応はEUでは今年1月に承認、日本でも承認審査中。

同様な用途ではアストラゼネカのEGFR阻害剤、Tagrisso(osimertinib)も臨床試験で全生存期間やPFSがTarcevaまたはIressa(gefitinib)を投与した群を有意に上回り、承認された。延命効果が確立しているので、こちらのほうが出番が多そうだ。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: 同社のプレスリリース

アストラゼネカ、ブリリンタが高リスク冠動脈疾患の初発予防に承認
(2020年6月1日発表)

アストラゼネカは、Brilinta(ticagrelor)を高リスク冠動脈疾患の心筋梗塞・脳卒中初発予防に用いることがFDAに承認されたと発表した。アスピリンと併用する。エビデンスとなるTHEMIS試験の対象より広い適応が認められた。

THEMIS試験は二型糖尿病を併発する冠動脈疾患(PCI歴、CABG歴、または冠動脈狭窄)19,220人を組入れて、低量アスピリンに加えて、60mgまたは偽薬を一日二回投与した。メジアン40ヶ月間追跡。結果は、心血管死、心筋梗塞、または脳卒中の罹患率が7.7%と偽薬群の8.5%を下回り、ハザードレシオ0.90、p=0.04と高度ではないが統計的に有意な差があった。

BrilintaはP2Y12拮抗剤。急性冠症状群などにアスピリンと併用することが承認されている。血小板凝集を阻害するので出血事故のリスクも高まり、THEMIS試験では大出血(TIMI基準)発生率が2.2%と偽薬群の1.0%を有意に上回り、頭蓋内出血も0.7対0.5%で僅差だが有意に上回った。

単純計算すると、1000人に3年余投与すると約10人を心血管死・心筋梗塞・脳卒中から救うことができるが、約10人は大出血を被り、残りの殆どの人達は飲んでも飲まなくても結果は同じということになる。初発予防の是非を決定するのは難しい。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース






今週は以上です。