2020年4月18日

通算第942回

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19肺炎のサイトカインストーム治療試験が続々開始 
  • Immunomedics、ADCのTNBC試験が早期成功 
  • リジェネロン、エボラの抗体治療薬を承認申請 
  • MSD、キートルーダを高TMB固形癌に承認申請 
  • FDA、SGENのher2阻害剤を承認 
  • FDA、インサイトのFGFR阻害剤を承認 
  • FDA、神経線維腫1型用薬を承認 


【今週の話題】


COVID-19肺炎のサイトカインストーム治療試験が続々開始
(2020年4月14日発表)

ギリアド・サイエンシズ(Nasdaq:GILD)のremdesivirは、中国での試験が流行鎮静化で患者が集まらず中断になった。中国の公衆にとっては幸福な結果だが、グローバルではまだまだ新規感染が多く、中国も再流行しないとは限らない。対策はワクチンが最重要だが、中国の報告によると、ワクチンより抗体誘導力が高い自然感染でも十分な量の抗体を獲得できない人がいるようなので、ワクチン普及後も抗ウイルス治療薬や肺炎治療薬のニーズは残るだろう。

COVID-19感染症は全体としては症状が軽かったり殆どなかったりする人が多いが、急に呼吸機能が低下し重篤な状態になることがあるので油断できない。一因と疑われているのが炎症性サイトカインの異常増加を伴う免疫機構の過剰反応によって臓器が損傷を受けることだ。対策として中外製薬/ロシュのActemra(tocilizumab)を始めとする抗インターロイキン薬の臨床試験が続々と開始されている。先週は、JAK1/2阻害剤やBTK阻害剤、抗Ang2抗体の臨床試験が発表された。

まず、イーライリリーが、NIAIDが行っているアダプティブ・デザインのCOVID-19治療試験に同社のbaricitinibの群を設定することで合意した。4月中に米国で開始して欧州アジアに拡大する計画で、2ヶ月内に結果をまとめる考え。

baricitinibはインサイト(Nasdaq:INCY)がイーライリリーと共同開発販売しているJAK1/2阻害剤で、欧米でOlumiant名で、日本ではオルミエントとして、中重度関節リウマチなどに承認されている。インサイトはノバルティスと共同で骨髄線維症などに開発販売しているJAK1/2阻害剤、Jakafi(ruxolitinib、和名ジャカビ)の第三相試験もロンチしている。

さて、イーライリリーは抗angiopoietin 2(Ang2)抗体LY3127804で第二相試験を行うことも発表した。COVID-19肺炎で入院しARDS(急性呼吸窮迫症候群)を合併するリスクが高い患者を組入れる。ARDSではAng2が亢進していることに着目した。

リンク: イーライリリーのプレスリリース(4/10付)

一方、アストラゼネカは、慢性リンパ性白血病やマントル細胞腫に承認されているBTK阻害剤、Calquence(acalabrutinib)でCOVID-19治療試験を開始した。サイトカインストームを合併した重度入院患者を対象に、パート1ではICU治療を受けていない患者をBSC(最良支持療法)だけの群とCalquenceも投与する群に無作為化割付し、オープンレーベルで死亡や呼吸補助療法のリスクを比較する。パート2はICU患者の単群試験でBSCとCalquenceを施行する。

マクロファージはSARS-CoV-2のようなウイルスの短鎖RNAをTLR3やTLR7、TLR8で認識し、BTK依存的にNF-カッパBやIRF3を活性化、TNFアルファやIL-6、IL-10、MCP-1などの生産を刺激する。BTK阻害剤は初期の臨床試験で免疫を抑制しCOVID-19誘導性ARDSを改善する可能性が示唆されたとのことだ。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース(4/14付)


【新薬開発】


Immunomedics、ADCのTNBC試験が早期成功
(2020年4月6日発表)

Immunomedics(Nasdaq:IMMU)は、IMMU-132(sacituzumab govitecan)のトリプル・ネガティブ転移乳癌(TNMBC)の第三相が成功したと発表した。第1/2相データに基づき米国で承認審査中で、審査期限は6月2日となっているが、もし第三相データの提出を求められたら、審査期限延長の可能性も出てくるのではないか。

IMMU-132はEGP-1(epithelial glycoprotein-1)を標的とする抗体をirinotecanの活性代謝物と結合したADC(抗体薬物複合体)。EGP-1はher2、エストロゲン受容体、プロゲスチン受容体の全ての発現が陰性であるトリプル・ネガティブ乳癌(TNBC)の80%以上で発現する一方、正常細胞には少ない。第1/2相試験でORR(客観的反応率、独立放射線学的評価)が110人中31%、メジアン反応持続期間9.1ヶ月となり、18年に米国でトリプル・ネガティブ転移乳癌の三次治療薬として承認申請された。優先審査を受けたが、工場査察時にデータの改ざんなどが発覚、審査完了通知受領となった。CEO退任を経て、19年12月に再承認申請された。

ORRのような代理マーカーに基づき加速承認を求める場合は、延命効果などを確認する第三相試験の患者組入れを承認までの間にかなりの程度、完了しておく必要がある。Immunomedicsは17年に今回の第三相を開始したが、審査に手間取る間に結果が出てしまった格好だ。

このASCENT試験は、トリプル・ネガティブ乳癌で、転移性乳癌の治療として二次以上の治療歴を持つ患者を組入れて、PFS(無進行生存期間)を医師が選んだ化学療法薬(eribulin、capecitabine、gemcitabineまたはvinorelbine)と比較するもの。独立データ監視委員会が直近のルーチン評価で圧倒的な効果に基づき繰上げ完了を勧告した。

第940号でアストラゼネカのFarxiga(dapagliflozin)の慢性腎疾患アウトカム試験に関して『ルーチン評価による中止勧告というのはあまり聞かない』と書いたばかりだが、臨床試験に必要な期間を短縮して新薬開発をスピードアップするための工夫として、流行っているのかもしれない。臨床試験の途中で振り子が触れるように群間の偏りが生じたり解消したりすることはよくあるようであり、また、統計学的にも多重性が生じないように注意する必要があるが、十分な配慮(ハザードレシオの閾値や持続性、p値の配分などに関して)が行われているのだろう。

リンク: Immunomedicsのプレスリリース


【承認申請】


リジェネロン、エボラの抗体治療薬を承認申請
(2020年4月16日発表)

リジェネロン・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:REGN)は、FDAがREGN-EB3の承認申請を受理したと発表した。優先審査を受けるが、審査期限は10月25日とのことで、リードタイムが案外長い印象だ。承認されれば米国初のエボラウイルス疾患治療薬となる。

リジェネロンは抗体医薬の開発で独自のプラットフォームを持ち、08年に米国で承認されたArcalyst(rilonacept)を皮切りに、下表のように、数多くの抗体医薬を輩出している。

名称 適応症 種類
Arcalyst(rilonacept) 抗IL-1融合蛋白 CAPS(CIAS1変異関連自己炎症定期的症候群)など
Zaltrap(ziv-aflibercept) 抗VEGFR融合蛋白 結腸直腸癌など
Eylea(aflibercept) 抗VEGFR融合蛋白 加齢性黄斑変性など
Kevzara(sarilumab) 抗IL-6受容体アルファサブユニット抗体 リウマチなど
Libtayo(cemiplimab-rwlc) 抗PD-1抗体 皮膚扁平上皮癌など
Dupixent(dupilumab) 抗IL-4Rアルファサブユニット抗体 アトピー性皮膚炎など
Praluent(alirocumab) 抗PCSK9抗体 高脂血症など

REGN-EB3はマウスにヒトの抗体を発現させる同社のバックボーン技術により創製された三種類の抗体の混合物で、新規感染症に即応するためのVelociSuiteプラットホームを活用して量産まで漕ぎつけた。

エボラは中央アフリカで数年おきに流行しているが、18年8月に大流行が始まったコンゴ民主共和国で実施された直接比較試験で最も良い成績を上げたのがREGN-EB3だ。673人を4種類の開発品に無作為化割付して28日死亡率を比較したところ、REGN-EB3群は33.5%と、対照群とされたZMapp(カナダ衛生庁が開発しMapp Biopharmaceuticalが商業化した三種類の抗体の混合物)の49.7%を大きく下回った。mAb114(Ridgeback Biotherapeuticsの抗体医薬)は35.1%、remdesivir(ギリアド・サイエンシズの抗ウイルス薬)は51.3%だった。

remdesivirはCOVID-19で復活を目指しているが、リジェネロンもVelociSuiteを用いてスパイク蛋白に結合する二種類の抗体の混合物を開発、6月に臨床試験を開始する予定。エボラの治験結果を見ても、抗ウイルス薬より抗体医薬のほうが効果が高そうだが、エボラと異なりCOVID-19は全世界が対象なので一社一製品では足りず、多少見劣りしても複数の選択肢が必要だろう。

リンク: リジェネロンのプレスリリース

MSD、キートルーダを高TMB固形癌に承認申請
(2020年4月7日発表)

MSDは、Keytruda(pembrolizumab、和名キイトルーダ)をTMB(腫瘍変異負荷)がメガベース当り10変異以上と高い、切除不能/転移性固形癌に単剤投与する適応拡大を米国で申請し、受理されたと発表した。再発治療に用いるが、十分な代替的治療法がない場合の一次治療も申請している。成人と小児も対象。優先審査を受け、審査期限は6月16日。

KeytrudaはMSI-H(マイクロサテライト不安定性高)またはdMMR(ミスマッチ修復不全)の切除不能/転移性固形腫瘍で前治療に進行した代替的治療法のない成人及び小児に用いることが17年にFDAに承認された。今回の適応も切り口は同じで、多くの遺伝子変異を持つ腫瘍は正常細胞と異なる蛋白が多く産生されるだろうから、免疫機構の注意を惹きやすく免疫療法応答性が高いはず、という発想だ。違いは、マイクロサテライト(特定の塩基配列が何度も繰り返される、複製ミスが起きやすい箇所)の繰り返し数や遺伝修復に係る蛋白の発現だけでなく、様々な遺伝子の様々な変異を包含していることだ。

MSI-H/dMMRは患者数としては結腸直腸癌や内膜腫が多い。高TMBもこの二つが多いようだ。MSI-Hよりも高TMBのほうが数が多いという指摘もあるので、Keytrudaの適応が広がることになる。尚、マイクロサテライト不安定性は高くないがTMBは高いという場合もあるようだ。

リンク: MSDのプレスリリース


【承認】


FDA、インサイトのFGFR阻害剤を承認
(2020年4月17日発表)

FDAは、インサイト(Nasdaq:INCY)のPemazyre(pemigatinib)をFGFR2融合またはその他の再編成がある切除不能局所進行性/転移性胆管癌の二次治療薬として加速承認した。審査期限は5月末だったので1ヶ月半の前倒し。Foundation Medicine社のコンパニオン診断薬も承認される見込み。欧州でも承認審査中。

胆管癌は欧米で10万人当たり0.3-3.4人が発症する。診断時点で既に末期であることが多い。米国で承認されている薬はなく、標準療法は化学療法だが、二次治療薬はない。肝内胆管癌と肝外胆管癌があり、FGFR2融合/再編成は前者の10~16%で見られる。日米欧で2000~3000人が対象と推測されている。

PemazyreはFGFR阻害剤。13.5mgを一日一回経口投与する。14日連続服用し7日間休む。第二相単群試験では、ORR(客観的反応率、独立中央放射線学的評価)が36%、メジアン反応持続期間は9.1ヶ月だった。重要な有害事象は網膜剥離などの眼球疾患、高リン血症、催奇性。

第三相はgemcitabineとcisplatinの併用を対照群とするPFS(無進行生存期間)検討試験が進行中。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: インサイトのプレスリリース

FDA、SGENのher2阻害剤を承認
(2020年4月17日発表)

FDAはシアトル・ジェネティクス(Nasdaq:SGEN)の選択的her2チロシンキナーゼ阻害剤、Tukysa(tucatinib)を承認した。her2標的薬による治療歴を持つ切除不能な局所進行性/転移性her2陽性乳癌に、trastuzumab及びcapecitabineと併用する。第三相では摘出術前後を含めて三剤以上のher2標的薬による治療歴を持つ患者を対象としたが、もう少し幅広い適応が認められた。審査期限は8月だったが4ヶ月前倒し。

このHER2CLIMB試験ではPFS(無進行生存期間、盲検独立中央評価)がメジアン7.8ヶ月と、trastuzumab及びcapecitabineと偽薬を併用した群の5.6ヶ月を上回り、ハザードレシオ0.54、p<0.00001、副次的評価項目の全生存期間は各21.9ヶ月、17.4ヶ月、0.66、0.0048となった。この試験は脳転移のある患者を積極的に組み入れ症例の48%を占めたが、このサブグループにおけるPFSは各7.6ヶ月、5.4ヶ月、0.48、0.00001未満となり、抗体と異なるチロシンキナーゼ阻害剤の長所が発揮された。her2陽性転移性乳癌の25%以上が脳転移するとのことなので重要。

主な深刻有害事象は下痢、急性腎障害、死亡。肝毒性があり定期的な肝機能検査が必要。催奇性があり、男の患者も要注意。

この承認審査は、リアル・タイム・オンコロジー・リビューとアセスメント・エイドが適用された。海外の承認審査機関と並行審査するProject Orbisの対象となり、今回は豪州カナダに加えて初めてシンガポールやスイスも参加した。

tucatinibは18年にCascadian Therapeutics(旧称Oncothyreon)を6億ドルで買収して入手した。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: シアトル・ジェネティクスのプレスリリース

FDA、神経線維腫1型用薬を承認
(2020年4月10日発表)

FDAはアストラゼネカのKoselugo(selumetinib)を症候性で切除不能な叢状神経線維腫病(PN)の2歳以上の小児の神経線維腫1型(NF1)の治療薬として承認した。NF1は3000~4000人に一人の常染色体性優性遺伝性疾患で、ニューロフィブロミンの遺伝子変異によりras~PI3K/AKT経路が活性化、良性腫瘍ができやすく、運動機能不全なども合併する。KoselugoはMEK1/MEK2阻害剤で、03年にArray BioPharma(Nasdaq:ARRY)から世界開発販売権を取得、17年にはMSDと共同開発販売提携を結んだ。

承認の根拠となる米国立癌センター主導の第二相試験では、50人中33人の腫瘍が20%以上縮小した。12ヶ月間反応持続率は82%だった。

アストラゼネカは今年第1四半期にEUでも承認申請した。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: 両社のプレスリリース





今週は以上です。

2020年4月11日

通算第941号

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19の影響で臨床試験の組入れが停滞 
  • アビガンの中国試験に関する統計学的論評 
  • アストラゼネカ、タグレッソの術後アジュバント試験が中間解析で成功 
  • GSK、ヌーカラの慢性副鼻腔炎試験成功 
  • アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型用薬を承認申請 
  • BMS、Opdivoなど4剤併用をNSCLCの一次治療として欧米申請 
  • AVEO、VEGFR阻害剤を米国で再承認申請 
  • ファイザー、BRAF阻害剤を結腸直腸癌の一部に適応拡大 
  • ノバルティス、ベオビュの安全性情報を改定へ 


【今週の話題】


COVID-19の影響で臨床試験の組入れが停滞
(2020年4月6日発表)

COVID-19感染症の拡散により様々な社会活動が打撃を受け、医療に関しては三つの崩壊シナリオが具現しようとしている。第一は、重症患者が増えすぎて医療資源が足りなくなるクリティカルケア崩壊。第二は、感染検査が追い付かず隠れ感染者が増加して、医療従事者が偶々他の病気で受診した患者から感染し戦線離脱してしまうメディカル崩壊。そして、必ずしも必要ではないのに頻繁に受診していた慢性疾患患者が自粛することで医療施設の収益が打撃を受ける経営崩壊だ。

当然のこととはいえ、臨床試験も順調には進まない。もし続行できたとしても、被験者が感染したり死亡したりしたら安全性データの見栄えが悪くなるかもしれない。免疫抑制剤はそうでなくてもウイルス感染症が増加するが、現状では感染症リスクがより大きく現れるだろう(臨床試験を続行すること自体が適切ではないかもしれない)。

実態把握が急がれる中、Medidata社がCOVID 19 and Clinical Trials: The Medidata Perspectiveというレポートを作成した。それによると、3月(3月23日時点)の臨床試験新規組入れ数(施設当たり平均)は前年同期比65%減だった。落ち込みが大きいのはインド(84%減)、英国(80%減)、中国とスペイン、フランス(何れも68%減)、米国(67%減)、韓国(61%減)。イタリア(52%減)、日本(43%減)、ドイツ(32%減)が続く。中国は前月比では240%増とのことで、底は打ったようだ。

領域別では、内分泌系(80%減)、心血管系(70%減)、中枢神経系(68%減)の落ち込みが大きいが、腫瘍学(48%減)、感染症(47%減)、呼吸器管系(34%減)も減っている。COVID-19関連の臨床試験が増えても、規模の大きいそれ以外の試験の停滞を補えないのだろう。

リンク: Medidataのレポートのダウンロードページ

アビガンの中国試験に関する統計学的論評
(2020年4月8日記述)

安倍首相は緊急事態宣言後の会見で、アビガン(ファビピラビル)が症状改善に効果があったとの報告もあった旨、発現した。「報告があった」ではなく「報告もあった」という言い回しが気になるが、おそらく、「効果がなかったとの報告もあった」という意味ではなく、後に見解を変える事態をヘッジするための官僚用語的物言いなのだろう。何れにせよ、首相が言及したとなると患者同意書を得るのは通常の臨床試験よりはるかに容易になるだろう。

弊害は、富士フィルム富山化学が開始した国内の第三相試験に与える影響だ。薬効や安全性をキチンと評価するためには対照群の設定が必要だが、メディアが持て囃して特効薬というイメージが広がると、患者が無作為化割付対照試験を拒んで研究者主導単群試験にしか参加しない事態になりかねない。これでは、本当に効くのかどうか、分からない。

米国でも第二相試験を開始するが、組入れが日本より少ないようなので、どの程度のエビデンスになるか、判然としない。

アビガンの代表的なエビデンスとされるのは、中国で行われた臨床試験二本だ。一つは、武漢大学中南医院のChenらが行った臨床試験で、medRxiv(刊行前の学術論文原稿を公開するウェブサイト)に現在は治験論文の第二稿が掲示されている。査読前なので注意が必要だが、ちょうど統計学者が統計学的論評を刊行したので、参考にしたい。治験デザインは以下の通り。

Patient:発症12日以内でCOVID-19感染が確認されたCOVID-19肺炎の成人

Intervention:favipiravirを600mg一日二回、但し初日は1600mgを二回、7-10日間に亘り経口投与、10日間延長可(投与期間以外は日本のインフルエンザ治療の用量用法と同じで、日本のCOVID-19治療試験より若干低量)

Comparison:arbidol(中国などで承認されている抗インフルエンザウイルス薬)の200mgを一日三回、経口投与。期間はアビガンと同じ。

Outcome:臨床的回復率(第7日または治療終了時点、体温や呼吸数、酸素飽和度、咳頻度などに基づき判定)

武漢大学中南医院や湖北省第三人民医院など三医療施設で二群に120人ずつ無作為化割付したオープンレーベル試験だ。全員が他の治療や支持療法を受けた。評価対象は何故かアビガン群だけ減って116人。

結果はアビガンの臨床的回復率が61%、arbidolは52%でp=0.14となり、主評価項目はフェールした。しかし、重度患者(アビガン群のほうが多かった)を除外したサブグループ分析では71%対55%となり、p=0.02だった。因みに、重度患者だけの解析ではアビガン群が18人中1人のみ、対照群は9人中ゼロだった。また、高血圧且つ又糖尿病の持病を持つサブグループでは54%対51%でp=0.77だった。

アビガン群の主な試験薬関連有害事象は肝機能検査値異常、精神症状、消化管反応、血清尿酸値上昇などだった。

この論文についてはマサチューセッツ大学のWilkinsonらが統計学的論評を行っている。一番のネックとして、重度患者を除くサブグループ分析がプロトコルで事前に設定されたものではない、アドホック分析であることを指摘している。重症度は階層化因子の一つだが、サブグループ分析とは定義が異なる由である。

私が気になるのは、サブグループ分析における回復率が解析計画における前提(各70%と50%)と近いことだ。過去に経験のない感染症の、過去に実績のない候補薬同士の臨床試験で、こんなに予想が的中するものなのか。

また、多寡だか240人の試験なので止むを得ないが、患者背景に群間の偏りがありそうだ。重度患者と高血圧症はアビガン群が多かったが、65歳以上は少ない。何れもp値は0.05を大きく上回っているので統計学的には偏りがあったとは言えないのだが、サンプル数が少ないので検出力が足りないのかもしれない。喫煙歴は言及されておらず、不明。

重症度は階層化因子なのだから、重度患者を除くサブグループ分析が本解析と異なる結果になるのは違和感がある。多分、これも、サンプルが少ないことが影響しているのだろう。

この試験は盲検ではないことを筆頭に様々な弱点があるが、現在の環境下では贅沢は言えない。様々な施設の様々な無作為化割付対照試験のデータが積み重なれば、ある程度の感触を掴めるだろう。

もう一本の、深セン市第三人民医院のCaiらがアビガン群とKaletra(lopinavirとritonavirの合剤)群に割付けた非無作為化オープンレーベル試験臨床試験の論文は、現在、暫定的に撤回されている。理由は不明だが、エビデンスとして参照しないほうが良いだろう。

米国ではトランプ大統領がchloroquineをプッシュし、CDC(疾病管理予防センター)がウェブサイトで事例報告で採用された用量用法を一旦掲示したが、批判が多かったせいか、最近になって撤回した。トランプ大統領は就任前はワクチンの自閉症リスクを喧伝したり、現在、CDCが推奨している布製マスクの着用を、義務付けではなく自分はやらないと語ったり、独自の世界観を発揮している。バイアスというと利害関係者の話ばかり出てくるが、優れた治療法の誕生を望む善意も立派なバイアスであることを忘れてはいけない。

リンク: Chenらの治験論文(medRxiv、2020)
リンク: Wilkinsonらの統計学的論評(Zenodo、2020)
リンク: Caiらの治験論文(Engineering、2020・・・暫定的撤回、2020年4月11日アクセス)


【新薬開発】


アストラゼネカ、タグレッソの術後アジュバント試験が中間解析で成功
(2020年4月10日発表)

アストラゼネカは、Tagrisso(osimertinib、和名タグリッソ)の第三相NSCLC(非小細胞性肺癌)術後アジュバント試験がIDMC(独立データ監視委員会)の推奨を受けて予定より早く盲検解除されると発表した。中間解析で圧倒的な効果が認められたため。

このADAURA試験は、ステージIB、II、IIIAのEGFR変異陽性陽性NSCLCで完全切除を受けた患者682名を組入れて、Tagrisso群のDFS(無病生存期間)を偽薬群と比較した。Tagrissoは80mgを一日一回、最長3年間にわたって投与した。両群とも標準的な術後化学療法を施行することが認められていた。

アストラゼネカは適応拡大申請に向かう考え。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース

GSK、ヌーカラの慢性副鼻腔炎試験成功
(2020年4月3日発表)

グラクソ・スミスクラインは、Nucala(mepolizumab、和名ヌーカラ)の慢性副鼻腔炎試験が成功したと発表した。適応拡大申請の予定。

Nucalaは抗IL-5抗体で、好酸球増多型重度喘息症などに用いることが承認されている。今回のSYNAPSE試験は、鼻茸によるCRSwNP(両側鼻ポリープを伴う慢性副鼻腔炎)で、過去に切除術を受けたが十分に改善せず再手術が必要な成人400人超を組入れた52週間の無作為化割付二重盲検試験。共同主評価項目は、内視鏡による鼻ポリープ評価と、鼻閉塞のビジュアル・アナログ・スケールによる評価。副次的評価項目である手術までの期間と合わせて、偽薬比有意な差があった。データは未公表。

CRSwNPといえば、リジェネロンとサノフィが共同開発販売している抗IL-4受容体アルファサブユニット抗体、Dupixent(dupilumab、和名デュピクセント)も欧米で19年に、日本でも今年3月に、適応拡大した。今回のほうが若干重い患者を対象としているのかもしれないが、Nucalaが承認されれば代替的な選択肢になりそうだ。

リンク: GSKのプレスリリース


【承認申請】


アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型用薬を承認申請
(2020年4月7日発表)

アルナイラム・ファーマシューティカルズ(Nasdaq: ALNY)は、ALN-GO1(lumasiran)を原発性高シュウ酸尿症I型(PH1)治療薬として欧米で承認申請したと発表した。米国は1月に非臨床部分を提出してローリング申請に着手したが、今回、完了した。

PH1は常染色体劣性遺伝性疾患。肝臓のアラニン:グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼの欠損によりグリオキシル酸が蓄積、シュウ酸が過剰になりカルシウムが腎臓などに蓄積、尿路結石などの障害を合併する。罹患率は世界で5.88万人に一人。ALN-GO1はグリコール酸酸化酵素の遺伝子を標的とするRNA介入薬で、シュウ酸の生産を抑制する。月一回(4回目からは3ヶ月毎)の皮注。第三相試験では6歳以上で軽中度の腎障害を持つ患者30人を組入れて尿シュウ酸塩の変化を評価したところ、偽薬比有意に減少した。

リンク: アルナイラムのプレスリリース

BMS、Opdivoなどの四剤併用をNSCLCの一次治療として欧米申請
(2020年4月8日発表)

BMSは、Opdivo(nivolumab)とYervoy(ipilimumab)を化学療法薬二剤と併用で非小細胞性肺癌の一次治療に用いる適応拡大申請を欧米で行い、受理されたと発表した。PD-L1発現度や扁平上皮腫か否かは不問で、EGFRやALKの活性化変異は除外。米国は優先審査を受け、審査期限は8月6日。日本では小野薬品が3月に一変申請済み。

CheckMate-9LA治験が中間解析で主目的(全生存期間の延長)を達成したことに基づく申請だが、データは学会で発表される予定。抗PD-1抗体と化学療法の三剤併用はMSDがKeytruda(pembrolizumab)で承認を得ている。Opdivoは非小細胞性肺癌における開発でKeytrudaに後れを取ってきたが、四剤併用で更に伸ばすことができれば、キャッチアップが可能になるだろう。

リンク: BMSのプレスリリース

AVEO、VEGFR阻害剤を米国で再承認申請
(2020年3月31日発表)

AVEO Oncology(Nasdaq:AVEO)は、tivozanibを再発または難治性の腎細胞腫用薬として米国で承認申請したと発表した。8年前の初申請は不首尾に終わったが、今回はタイトロープを渡りきることができるかどうか、注目される。

07年にキリンからアジア以外の権利を取得したVEGFR阻害剤で、アステラス製薬と共同開発していた時期もあったが、治験成績が今一つで提携解消となった。進行性腎細胞腫のPFS(無進行生存期間)をNexavar(sorafenib)と比較した第三相試験が成功、米国で承認申請したが、副次的評価項目の全生存期間の解析がハザードレシオ1.245、p=0.105となったことがネックとなり、腫瘍学薬諮問委員会が13対1の多数で反対、審査完了通知を受領した。EUではVEGFR阻害剤歴のない患者向けに承認されたが、VEGFR阻害剤の第一選択がNexavarではなくなっため、それを少し上回るだけでは迫力がない。その後、欧州での販売権をEUSA Pharmaにアウトライセンスした。

新たに実施した第三相三次治療試験では、主評価項目のPFSがNexavarを上回ったが、副次的評価項目の全生存期間のハザードレシオは中間解析で1.06となり、打ち切り例を追加追跡して行った解析は1.12と更に上昇した。その後、0.99に改善したものの、メジアンは16.4ヶ月対19.6ヶ月と依然、見劣りした。FDAが再申請に難色を示したため、AVEOは、20年6月に結果が出る最終解析で1を上回ったら撤回すると約束して、今回の申請に踏み切った。

リンク: AVEOのプレスリリース


【承認】


ファイザー、BRAF阻害剤を結腸直腸癌の一部に適応拡大
(2020年4月8日発表)

ファイザーは、Braftovi(encorafenib、和名ビラフトビ)をBRAF-V600E変異を持つ転移性結腸直腸癌の再発治療にErbitux(cetuximab)と併用する適応拡大がFDAに承認されたと発表した。第三相のBEACON試験では、全生存期間がメジアン8.4ヶ月と、irinotecan(またはFOLFIRIレジメン)とErbituxを併用した群の5.4ヶ月を上回った。尚、この試験の主評価項目は更にMektovi(binimetinib、和名メクトビ)も併用するトリプレット群と化学療法群の比較で、これも成功したのだが、ダブレット群と大きな差があるようには見えなかった。

BraftoviはBRAF阻害剤、MektoviはMEK阻害剤で、18年に欧米で、19年には日本でも、BRAF-V600変異陽性悪性黒色腫用薬として承認された。Array BioPharmaが開発、ノバルティスにライセンスしたが、ノバルティスがGSKとの事業スワップにより類薬を取得したため、反トラスト局の要求により解消した。Arrayは19年にファイザーが企業価値を1114億ドルと評価して買収。欧州などの権利はPierre Fabreが、日本と韓国は小野薬品が、保有しており、夫々、昨年11月と今年3月に上記と同様な適応拡大申請を行った。

リンク: ファイザーのプレスリリース


【医薬品の安全性】


ノバルティス、ベオビュの安全性情報を改定へ
(2020年4月8日発表)

ノバルティスは、新生血管加齢性黄斑変性治療薬として19~20年に日米欧で承認された抗VEGF-A抗体フラグメント、Beovu(brolucizumab、和名ベオビュ)のレーベルや臨床試験用説明文書などの安全性に関する記述を改訂すると発表した。

3月1日号で報じたように、Beovuを投与した患者で14例の網膜血管炎が報告されているとAmerican Society of Retina Specialistsが会員に通知した。類薬では発生していないようだ。ノバルティスは当該症例などを社内だけでなく外部の独立安全性評価委員にも検討させ、結果、稀に網膜血管炎且つ又網膜血管閉塞(眼内炎症を伴うことも伴わないこともある)が発生し重度視力喪失に至る可能性もあることを確認した。

添付文書には有害事象として眼内炎症や失明を含む視力低下、網膜動脈閉塞を列記しているが、当局の承認を経てアップデートする考え。

リンク: ノバルティスのプレスリリース





今週は以上です。

2020年4月5日

通算第940回

お知らせ:題名を『海外医薬ニュース』から変更しました。

【ニュース・ヘッドライン】

  • ノバルティス、ジャカビをCOVID-19肺炎に開発へ 
  • 米国製薬三社、COVID-19と戦う社員ボランティアを後押し 
  • COVID-19のPOC検査が続々と承認 
  • 抗体検査承認のフェイクニュースも 
  • JNJ、COVID-19ワクチンの開発候補を特定 
  • キイトルーダはMSI-H結腸直腸癌の一次治療にも有効 
  • アストラゼネカ、フォシーガのCKD試験を繰上げ完了へ 
  • ACC:イグザレルトのPAD再血行術後試験成功 
  • ACC:エリキュースの癌患者VTE治療試験が成功 
  • ACC:sGC刺激剤の第三相試験が成功 
  • BCMAを標的とするCAR-Tが承認申請 
  • 赤血球成熟剤がMDS性貧血に適応拡大 
  • FDA、アストラゼネカのイミフィンジを小細胞性肺癌に承認 
  • FDA、ラニチジンの市場回収を正式に要求 


【今週の話題】


ノバルティス、ジャカビをCOVID-19肺炎に開発へ
(2020年4月2日)

ノバルティスは、Jakavi(ruxolitinib、和名ジャカビ、米国名Jakafi)をCOVID-19肺炎の治療に充てる第三相試験とコンパッショネート・ユース・プログラムに着手すると発表した。COVID-19感染症では一部の患者の肺機能が急激に悪化する現象が見られる。炎症性サイトカインの著増を伴う免疫機構の過剰反応が関与している可能性があるため、中外製薬/ロシュのActemra(tocilizumab)などの抗IL-6/IL-6受容体抗体が注目されていて、複数の医薬品の臨床試験が始まった。

Jakaviの標的であるJAK1/2はIL-6受容体のダウンストリーム・シグナルに関与しており、阻害するとIL-12やガンマ・インターフェロン、GM-CSFなどの免疫炎症性サイトカインが減少する。ノバルティスによると、前臨床や第三者の臨床研究でCOVID-19によるサイトカイン・ストームの緩和に有効性が示唆されたようだ。

感染者が急増しているイタリアや米国などでは、ICUや人工呼吸器の不足が深刻になっている。日本もそうなるだろう。これらの抗IL-6療法が奏功すれば、患者の救命だけでなく医療崩壊を回避する一助になるかもしれない。

リンク: ノバルティスのプレスリリース

米国製薬三社、COVID-19と戦う社員ボランティアを後押し
(2020年4月1日)

MSD、ファイザー、イーライリリーの三社は、COVID-19と戦う最前線を志願する社員を後押しすると発表した。製薬会社には多くの医師、看護師、薬剤師、ラボ技士などの有資格者が勤務している。現在もボランティアとして医療・検査施設で働いている社員がいるようだ。三社は、その間の基本給を維持することなどを発表した。まあ、成果報酬部分がないだけでもかなり所得が減るのだろうが。

イーライリリーは、インディアナポリスの本社のドライブスルーCOVID-19検査施設にも医療専門家社員を振り当てると発表した。この施設はコミュニティのために最前線で働く医療従事者やファースト・レスポンダーに対して無償で検査を行う。

COVID-19は新薬の臨床試験に大きな影響を与えており、既に幾つかの製薬会社が原則自粛を発表している(このレポートも何ヶ月かしたらネタが枯渇するかもしれない)。そんな時期だからこそ、人材再配置は一考に値する。

リンク: 三社のプレスリリース

COVID-19のPOC検査が続々と承認
(2020年4月1日発表)

COVID-19のウイルス検査が米国で続々とEUA(非常時使用認可)を受けている。大病院やラボで使うアッセイだけでなく、ポイント・オブ・ケア(POC)で用いる10~20分で結果が出る検査も承認された。

4月1日には初めての抗体検査がEUAを得た。Cellex社のqSARS-CoV-2 IgG/IgM Rapid Testで、血清、血漿、または全血を15-20分で検査する。IgMかつまたIgGを検出すると対応する線の色が変わる。コントロールラインの色が変わらなかったら、陽性でも陰性でも検査が無効になる。キットの有効性を検証するための陽性と陰性のサンプルも同梱されている。

取扱説明書によると、RT-PCRあるいは臨床的に判定された検体を検査したところ、陽性サンプル128件の感度は93.8%(95%信頼区間88.2~96.8%)、陰性250件の特異度は96.0%(92.8~97.8%)だった。

抗体検査なので、感染後数日経って抗体がある程度できた段階で検査する必要がある。迅速検査は一次スクリーニング用で、本筋は核酸検査で確認すべきである。その核酸検査も、それだけで診断を確定すべきではないというディスクレマーが付いているので、建前上は検査を過信すべきではないという結論になるが、非常時には贅沢を言っていられない。

リンク: qSARS-CoV-2 IgG/IgM Rapid Testの取扱説明書(pdfファイル)

核酸検査では、アボットのID NOW COVID-19が3月27日付でEUAを得ている。米国の主要なインフルエンザ、連鎖球菌A、RSVのPOC検査機器であるID NOWという等温増幅PCR用のアッセイで、陽性なら5分、陰性でも13分で結果が出る。一日に5万件の検査を想定して供給する予定。

取扱説明書によると、感度は検出下限の2倍の濃度の陽性サンプル20件で100%、5倍サンプル10件も100%、陰性サンプル30件の特異度も100%だった。95%下限は各83%、72%、88%。また、NCBIやGenbankにアップロードされた全ての2019-nCoVの核酸配列に適合していた。

同社は大規模医療施設やラボ向けのm2000 RealTime SARS-CoV-2 EUAも承認された。両方合わせて月500万件の検査ができるよう供給する計画。

中国ではPCRの感度が7割という報道もあり、感度がそれより低いとなると、いいのか悪いのか微妙だ。米国では検査アッセイの信頼性を確認するための当初の対照標本に欠陥があり大きな問題になったが、EUは今になって対照標本の配布が始まったばかりのようで、もしかしたら、これまでに偽陰性が多く発生していたかもしれない。まあ、人間は万能ではないので、目に見えないものは存在しない決めつけざるを得ないだろう。非常時には尚更だ。

リンク: アボットのプレスリリース(3/17付)
リンク: ID NOW COVID-19取扱説明書(pdfファイル)
リンク: FDAのEUAページ

抗体検査承認のフェイクニュースも
(2020年3月31日報道)

ロイターなどが3月31日にBodysphere社(未上場)の迅速検査がEUA承認されたと報じたが、フェイクニュースだったようで、出典であるBusiness Wireに掲載された同社のプレスリリースも含めて、撤回された。FDAのEUAページに出ていなかったので奇妙に感じてはいたが、真相はもっと奇妙だ。

ロイターのフォローアップ記事によると、BodysphereはFDAのウェブサイトを見て承認されたと誤解した、と説明しているようだ。ところが、メーカーである中国のSafecare Biotech側も、FDAに届出を行ったコンサルティング会社、LSI Internationalも、Bodyshere社と契約関係にはないと語った。

奇妙な話である。日本でも中国製の検査を発売すると発表した会社があったが、社名は公表されていない。純粋に営業機密を守るためなのかもしれないが、気味が悪い。

フェイクと分かる前にBodysphereのサイトで調べた内容を記しておくと、血液中のIgG、IgM抗体を検出するラテラルフローイムノアッセイで、2-10分で結果が出る(ロイターによるとSafecareは10-15分と言っている)。Bodyshereの撤回されたプレスリリースによると、臨床的感度は99%、臨床的特異度は91%だった。しかし、同社のホームページに掲示されていた臨床試験報告によると、浙江大学病院や浙江省疾病管理予防センターで行われた試験で、参照検査で陽性だった53検体に関する感度は84%(95%下限72%)、陰性171検体の特異度は91%(86%)だった。

リンク: COVID-19迅速検査の特徴(Bodysphere社、20年4月5日アクセス)

JNJ、COVID-19ワクチンの開発候補を特定
(2020年3月30日発表)

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、COVID-19ワクチンのリード候補と二種類のバックアップを特定したと発表した。9月までに臨床試験を開始して年末までにデータと取得、21年の早い段階で最初のバッチのEUA(非常時使用認可)を狙う。パンデミックの非常事態の間は、利益ゼロで供給する考え。世界で10億回分の供給を計画している。

JNJは米国立衛生研究所傘下のBARDA(生物医学先端研究開発局)の支援を得ているが、新たに、両者で10億ドル以上をワクチン開発に投じることも合意した。

ワクチン開発が上手く行くという保証はない。短期間・小規模治験で開発したワクチンを数億人、数十億人の単位で接種することを考えると、子宮頸がんワクチンのように、実用化後に稀だが因果関係を直ちに否定できない副反応が表面化する可能性もある。リスクヘッジのためにも、複数のメーカーが並行開発することが望ましいだろう。また、実用化後も市販後薬物監視を進める必要があるだろう。

リンク: JNJのプレスリリース


【新薬開発】


キイトルーダはMSI-H結腸直腸癌の一次治療にも有効
(2020年4月2日発表)

MSDは、抗PD-1抗体Keytruda(pembrolizumab、和名キイトルーダ)の第三相KEYNOTE-177試験の主評価項目の一つが成功認定されたと発表した。未治療の切除不能・転移性結腸直腸癌でMSI-H(マイクロサテライト不安定性高)またはdMMR(DNAミスマッチ修復不全)の308人を組入れて、Keytruda単剤投与群(200mgを3週毎点滴静注、最大35サイクル)の効果を化学療法群(mFOLFOXまたはFOLFIRI、bevacizumabまたはcetuximab併用可)と比較した試験で、独立データ監視委員会がPFS(無進行生存期間)の中間解析で成功認定した。共同主評価項目である全生存の解析に向けて治験は続行する。

MSIは、一定の塩基配列が繰り返されていて遺伝子複製ミスが発生しやすい箇所のリピート回数を腫瘍細胞とそれ以外の細胞の遺伝子で比較することによって、ミスマッチ修復が機能しているかどうかを判定するもの。元々はリンチ症候群の患者の結腸直腸癌で観察された現象のようだ。dMMRは他のタイプも含むより広範なカテゴリー。結腸直腸癌の10-15%が該当するようだ。

複製ミスが多いと変な蛋白ができて免疫機構の注意を惹きやすくなるはずなので、免疫強化療法の応答予測因子として用いられている。KeytrudaはMSI-H/dMMRの固形癌の再発治療薬として承認されているが、結腸直腸がんについては一次治療にも普及していくことになりそうだ。

再発治療試験では薬効評価対象149人のうち、結腸直腸癌(90人)、内膜腫(14人)、胆管癌(11人)、胃・胃食道接合部癌(9人)、膵癌(6人)が多かった。結腸直腸癌以外のMSI-H/dMMR癌の一次治療にも開発が進められるのではないか。

リンク: MSDのプレスリリース

アストラゼネカ、フォシーガのCKD試験を繰上げ完了へ
(2020年3月20日発表)

アストラゼネカは、Farxiga(dapagliflozin、和名フォシーガ)の慢性腎疾患アウトカム試験、DAPA-CKDを繰上げ完了すると発表した。独立データ監視委員会がルーチンの薬効安全性中間評価に基づいて目的達成を認定、結果を学会や承認審査機関に報告するよう勧告したため。

この試験は、アルブミン尿を伴うステージ2~4の慢性腎疾患4245人をFarxiga群と偽薬群に二重盲検無作為化割付して、腎機能悪化(eGFRが半減以上、末期腎疾患、心血管または腎臓因による死亡)のリスクを比較した。

ルーチン評価による中止勧告というのはあまり聞かないが、治験プロトコルの中で、薬効関連の中止基準の一つとして、薬効・安全性データの総合評価に基づいて圧倒的効果による中止を勧告できると定めていた由だ。学会・論文発表時に妥当性が検討されることになるだろう。

Farxigaは腎臓で濾されたグルコースを血液中に戻す輸送体、SGLT2を阻害する血糖治療薬。利尿作用があり、駆出率低下を伴う心不全のアウトカム試験、DAPA-HFで、二型糖尿病を合併していない患者にも便益を示した。今回の試験も二型糖尿病ではない患者も組入れている。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース

ACC:イグザレルトのPAD再血行術後試験成功
(2020年3月28日発表)

バイエルとジョンソン・エンド・ジョンソンは、Xa阻害剤Xarelto(rivaroxaban、和名イグザレルト)のVOYAGER PAD試験の結果をACC(米国心臓学会)/WCC(世界心臓学会)バーチャル・カンファレンスとNew England Journal of Medicine誌で発表した。

50歳以上の症候性下肢PAD(末梢動脈疾患)で、下肢再血行術が成功してから10日以内の、出血リスクが高くない患者6564人を組入れて、アスピリンに偽薬またはXarelto(2.5mgを一日二回)を追加経口投与した無作為化割付二重盲検試験で、主要薬効評価項目の発生率(3年間のカプランマイヤー推定)は各19.9%と17.3%、ハザードレシオは0.85、p=0.009だった。

主要薬効評価項目を構成する個々のイベントの解析では、下肢再血行術後の急性下肢虚血はハザードレシオが0.67、95%信頼区間0.55~0.82と良好な結果になったが、血管因による主要切断、心筋梗塞、虚血性脳卒中の三項目についてはハザードレシオは0.9弱と好ましい方向だったが95%上限が1.12~1.19と1を上回っている。また、心血管死はハザードレシオ1.14、95%信頼区間0.93~1.40と、有意ではないが好ましくない方を向いている。

主要安全性評価項目である大出血発生率(TIMI基準、3年間カプランマイヤー推定)は1.87%と2.65%でハザードレシオ1.43、p=0.07、頭蓋内出血や致死的出血事故は有意な群間差はなかった。副次的安全性評価項目とされたISTH基準による大出血は有意に多かった。

リンク: Bonacaらの治験論文抄録(NEJM)
リンク: バイエルのプレスリリース

ACC:エリキュースの癌患者VTE治療試験が成功
(2020年3月28日発表)

BMSとファイザーは、Xa阻害剤Eliquis(apixaban、和名エリキュース)のCARAVAGGIO試験の結果をACC/WCCとNEJM誌で発表した。癌患者のVTE(静脈血栓塞栓)の治療における効果を実薬(低分子量ヘパリンのdalteparin)と比較したもので、6ヶ月間のVTE再発率は各5.6%と7.9%、ハザードレシオ0.63となり、非劣性解析のp値が0.001を下回り、成功した。大出血の発生率は各3.8%と4.0%、p=0.60だった。

リンク: Agnelliらの治験論文抄録(NEJM)

ACC:sGC刺激剤の第三相試験が成功
(2020年3月28日発表)

MSDは、バイエルに協業して開発しているsGC(可溶性グアニル酸シクラーゼ)刺激剤、BAY 1021189/MK-1242(vericiguat)の第三相心不全アウトカム試験の結果をACC/WCCとNEJM誌で発表した。承認申請に向かう予定。

このVICTORIA試験は、NYHAクラスII-IVの慢性心不全で駆出率が45%未満に低下、且つ心不全で入院又は静注利尿薬による治療を受けている5050人を組入れて、偽薬群とvericiguat(10mg一日一回経口投与)群の心血管死・心不全入院リスクを比較した。Duke大など日米欧中42ヶ国の施設が参加した。

結果は、ハザードレシオが0.90でp=0.019となり主目的を達成した。ハザードレシオはあまり低くないが、メジアン10.8ヶ月の追跡で主評価イベント発生率が各群38.5%と35.5%、Number-needed-to-treatは24となり、効果が小さいとは言い難い。但し、相対リスク削減率が小さくp値がそれほど小さくないので、ノイズやバイアスの影響を受けていないか、データセットの細部をあら捜しして確認しなければならない。

心不全は多剤併用が一般的で、新薬の臨床試験が成功し当局の承認を得るだけでは中々浸透しない。実際、今回の被験者のうち、ガイドライン通りの治療を受けていたのは60%だけだった。ノバルティスのEntresto(sacubitril valsartan)はアウトカム試験で心血管死を抑制したが、今回の被験者のうち服用していたのは15%のみだった。vericiguatは有意差があったのは心不全入院だけで、心血管死はトレンドに留まっているので、対象患者が若干違うものの、データの迫力がやや弱い。また、NT-proBNPが最も高い四分位サブグループにおける効果は曖昧だった。当試験は最大血圧が110 mmHg未満を除外条件としており、適応になるのは駆出低下心不全の1/4よりもっと少ないかもしれない。

尚、深刻有害事象や治験離脱など、忍容性指標は各群大差なかった。2.5mgで開始して5mg、10mgと漸増する用法が寄与したのかもしれない。

リンク: Armstrongらの治験論文抄録(NEJM誌)
リンク: 当発表に関するAHAの特集頁
リンク: MSDのプレスリリース


【承認申請】


BCMAを標的とするCAR-Tが承認申請
(2020年3月31日発表)

BMSとbluebird bio(Nasdaq:BLUE)は、bb2121(idecabtagene vicleucel)を成人多発骨髄腫の四次治療薬として米国で承認申請した。BCMAに結合するマウス抗体フラグメントとT細胞に活性化シグナルを送るCD3や4-1BBの一部をCD8アルファや膜貫通ドメインで繋いだキメラ抗原受容体-T細胞(CAR-T)療法で、bluebirdにとっては初めての承認申請。

CAR-Tとしては、ノバルティス(ペンシルバニア大のライセンス)のKymriah(tisagenlecleucel、和名キムリア)、ギリアドが子会社化したKite PharmaのYescarta(axicabtagene ciloleucel)、そしてJuno Therapeutics(Nasdaq:JUNO)/BMSが昨年12月に米国で承認申請したJCAR017(lisocabtagene maraleucel)に続く4番手だが、これらのCD19標的型CAR-Tとは標的も適応も異なっている。

承認申請の根拠となる第二相KarMMA試験では、再発かつ難治性多発骨髄腫で三次以上の治療歴を持ち最終治療不応の140人を組入れて、128人に1.5億セル、3億セル、または4.5億セルを投与したところ、ORR(客観的反応率、独立第三者評価)が三群平均で73.4%、4.5億セルコフォートでは81.5%だった。メジアン反応持続期間は平均で10.6ヶ月。CAR-Tに付き物の副作用では、G3以上のサイトカイン放出シンドロームが7人、5.5%で発生し一人は致死的だった。G3以上の神経毒性の発生率は3.1%だった。

bluebirdは、作用の長期化を図るため、培養過程でPI3K阻害剤を使用することでメモリーT細胞的なフェノタイプの比率を高めたbb21217も開発している。

リンク: BMSのプレスリリース


【承認】


赤血球成熟剤がMDS性貧血に適応拡大
(2020年4月3日発表)

ブリストル・マイヤーズ スクイブとAcceleron Pharma(Nasdaq:XLRN)は、Reblozyl(luspatercept-aamt)をMDS(骨髄異形成症候群)などの患者の難治性貧血の治療に用いる適応拡大がFDAに承認されたと発表した。正式な適応は、very low to intermediate-riskの環状鉄芽球を伴うMDS(MDS-RS)、あるいは骨髄異形成/環状鉄芽球と血小板増多を伴う骨髄増殖性腫瘍(MDS/MPN-RS-T)で、ESA(赤血球造血刺激因子製剤)による治療がフェールし、8週間に2単位以上の赤血球輸血を必要とする成人。

Activin受容体IIB型の細胞外領域と免疫グロブリンG1型の固定領域を細胞融合した遺伝子組み換え薬で、TGFベータをブロックして赤血球の成熟を促す。昨年11月に米国でベータサラセミアに伴う輸血依存貧血症の治療薬として優先審査を経て承認。今回の適応は同時に承認申請されたが標準審査なのでラグが生じた。

BMSはセルジーン買収を通じて共同開発販売権を取得した。

リンク: BMSのプレスリリース

FDA、アストラゼネカのイミフィンジを小細胞性肺癌に承認
(2020年3月30日発表)

FDAは、アストラゼネカの抗PD-L1抗体Imfinzi(durvalumab、和名イミフィンジ)を進展型小細胞性肺癌の治療に用いる適応拡大を承認した。化学療法(cisplatinまたはcarboplatinとetoposide)と三剤併用する。最初の4サイクルは化学療法と同様に3週毎に投与、その後はImfinziだけを4週毎に投与する。

第三相試験では、メジアン全生存期間が13.0ヶ月と化学療法(6サイクル)だけ施行した群の10.3ヶ月を上回り、ハザードレシオ0.73、p=0.0047だった。PFS(無進行生存期間、担当医評価)はハザードレシオ0.78で統計的に有意だったが、メジアン値は5.1ヶ月と5.4ヶ月で少し短い。有害事象による治験離脱率は両群9.4%だった。

全生存のハザードレシオは、先に承認されたロシュのTecentriq(atezolizumab)と大差ない。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: アストラゼネカのプレスリリース


【医薬品の安全性】


FDA、ラニチジンの市場回収を正式に要求
(2020年4月1日発表)

FDAは、Zantac(ranitidine)とGE品、OTC品のメーカーに対して市場回収を要求した。やや遅きに失した感がある。日本市場を含めて、既にかなりの企業が昨年末までに自主回収済みではないか。

Zantacは1981年にグラクソ(当時)が米国で発売したH2ブロッカー。年商が世界で初めて10億ドルを超え、ブロックバスターと呼ばれた。2019年の自主回収まで、人間でいえば就職から定年退職までの長期にわたり、胃潰瘍や胸やけの対症療法として広く用いられてきた。

市場回収の原因となったのはN-ニトロソジメチルアミン(NDMA)の混入。FDAの今回の発表によると、製造段階では微量で一日当り摂取許容量を下回るが、通常の保管条件下でも時間経過とともに増加し、輸送や保管時に暴露する可能性のある程度の高温環境では顕著に増加する。このため、摂取許容量を超えてしまうリスクがある。

経時増加が確認されたため、FDAは従来のスタンスを見直し、ranitidineの服用を止めるよう勧告した。OTC薬の場合は速やかに、処方薬の場合は医師に相談の上で、他の治療法に切り替える。これまでのFDAの検査では、同じH2ブロッカーのPepcid(famotidine)やTagamet(cimetidine)、プロトンポンプ阻害剤のNexium(esomeprazole)やPrilpsec(omeprazole)、Prevacid(lansoprazole)からは検出されていないとのこと。

NDMA混入を最初に指摘したのはValisureという、自ら品質確認した薬を販売するオンラインファーマシーだ。Velisureは一部メーカーの一部の血圧治療薬や血糖治療薬についてもNDMA混入を指摘しており、今後の展開が注目される。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: Valisureのホームページ





今週は以上です。