2020年4月11日

通算第941号

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19の影響で臨床試験の組入れが停滞 
  • アビガンの中国試験に関する統計学的論評 
  • アストラゼネカ、タグレッソの術後アジュバント試験が中間解析で成功 
  • GSK、ヌーカラの慢性副鼻腔炎試験成功 
  • アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型用薬を承認申請 
  • BMS、Opdivoなど4剤併用をNSCLCの一次治療として欧米申請 
  • AVEO、VEGFR阻害剤を米国で再承認申請 
  • ファイザー、BRAF阻害剤を結腸直腸癌の一部に適応拡大 
  • ノバルティス、ベオビュの安全性情報を改定へ 


【今週の話題】


COVID-19の影響で臨床試験の組入れが停滞
(2020年4月6日発表)

COVID-19感染症の拡散により様々な社会活動が打撃を受け、医療に関しては三つの崩壊シナリオが具現しようとしている。第一は、重症患者が増えすぎて医療資源が足りなくなるクリティカルケア崩壊。第二は、感染検査が追い付かず隠れ感染者が増加して、医療従事者が偶々他の病気で受診した患者から感染し戦線離脱してしまうメディカル崩壊。そして、必ずしも必要ではないのに頻繁に受診していた慢性疾患患者が自粛することで医療施設の収益が打撃を受ける経営崩壊だ。

当然のこととはいえ、臨床試験も順調には進まない。もし続行できたとしても、被験者が感染したり死亡したりしたら安全性データの見栄えが悪くなるかもしれない。免疫抑制剤はそうでなくてもウイルス感染症が増加するが、現状では感染症リスクがより大きく現れるだろう(臨床試験を続行すること自体が適切ではないかもしれない)。

実態把握が急がれる中、Medidata社がCOVID 19 and Clinical Trials: The Medidata Perspectiveというレポートを作成した。それによると、3月(3月23日時点)の臨床試験新規組入れ数(施設当たり平均)は前年同期比65%減だった。落ち込みが大きいのはインド(84%減)、英国(80%減)、中国とスペイン、フランス(何れも68%減)、米国(67%減)、韓国(61%減)。イタリア(52%減)、日本(43%減)、ドイツ(32%減)が続く。中国は前月比では240%増とのことで、底は打ったようだ。

領域別では、内分泌系(80%減)、心血管系(70%減)、中枢神経系(68%減)の落ち込みが大きいが、腫瘍学(48%減)、感染症(47%減)、呼吸器管系(34%減)も減っている。COVID-19関連の臨床試験が増えても、規模の大きいそれ以外の試験の停滞を補えないのだろう。

リンク: Medidataのレポートのダウンロードページ

アビガンの中国試験に関する統計学的論評
(2020年4月8日記述)

安倍首相は緊急事態宣言後の会見で、アビガン(ファビピラビル)が症状改善に効果があったとの報告もあった旨、発現した。「報告があった」ではなく「報告もあった」という言い回しが気になるが、おそらく、「効果がなかったとの報告もあった」という意味ではなく、後に見解を変える事態をヘッジするための官僚用語的物言いなのだろう。何れにせよ、首相が言及したとなると患者同意書を得るのは通常の臨床試験よりはるかに容易になるだろう。

弊害は、富士フィルム富山化学が開始した国内の第三相試験に与える影響だ。薬効や安全性をキチンと評価するためには対照群の設定が必要だが、メディアが持て囃して特効薬というイメージが広がると、患者が無作為化割付対照試験を拒んで研究者主導単群試験にしか参加しない事態になりかねない。これでは、本当に効くのかどうか、分からない。

米国でも第二相試験を開始するが、組入れが日本より少ないようなので、どの程度のエビデンスになるか、判然としない。

アビガンの代表的なエビデンスとされるのは、中国で行われた臨床試験二本だ。一つは、武漢大学中南医院のChenらが行った臨床試験で、medRxiv(刊行前の学術論文原稿を公開するウェブサイト)に現在は治験論文の第二稿が掲示されている。査読前なので注意が必要だが、ちょうど統計学者が統計学的論評を刊行したので、参考にしたい。治験デザインは以下の通り。

Patient:発症12日以内でCOVID-19感染が確認されたCOVID-19肺炎の成人

Intervention:favipiravirを600mg一日二回、但し初日は1600mgを二回、7-10日間に亘り経口投与、10日間延長可(投与期間以外は日本のインフルエンザ治療の用量用法と同じで、日本のCOVID-19治療試験より若干低量)

Comparison:arbidol(中国などで承認されている抗インフルエンザウイルス薬)の200mgを一日三回、経口投与。期間はアビガンと同じ。

Outcome:臨床的回復率(第7日または治療終了時点、体温や呼吸数、酸素飽和度、咳頻度などに基づき判定)

武漢大学中南医院や湖北省第三人民医院など三医療施設で二群に120人ずつ無作為化割付したオープンレーベル試験だ。全員が他の治療や支持療法を受けた。評価対象は何故かアビガン群だけ減って116人。

結果はアビガンの臨床的回復率が61%、arbidolは52%でp=0.14となり、主評価項目はフェールした。しかし、重度患者(アビガン群のほうが多かった)を除外したサブグループ分析では71%対55%となり、p=0.02だった。因みに、重度患者だけの解析ではアビガン群が18人中1人のみ、対照群は9人中ゼロだった。また、高血圧且つ又糖尿病の持病を持つサブグループでは54%対51%でp=0.77だった。

アビガン群の主な試験薬関連有害事象は肝機能検査値異常、精神症状、消化管反応、血清尿酸値上昇などだった。

この論文についてはマサチューセッツ大学のWilkinsonらが統計学的論評を行っている。一番のネックとして、重度患者を除くサブグループ分析がプロトコルで事前に設定されたものではない、アドホック分析であることを指摘している。重症度は階層化因子の一つだが、サブグループ分析とは定義が異なる由である。

私が気になるのは、サブグループ分析における回復率が解析計画における前提(各70%と50%)と近いことだ。過去に経験のない感染症の、過去に実績のない候補薬同士の臨床試験で、こんなに予想が的中するものなのか。

また、多寡だか240人の試験なので止むを得ないが、患者背景に群間の偏りがありそうだ。重度患者と高血圧症はアビガン群が多かったが、65歳以上は少ない。何れもp値は0.05を大きく上回っているので統計学的には偏りがあったとは言えないのだが、サンプル数が少ないので検出力が足りないのかもしれない。喫煙歴は言及されておらず、不明。

重症度は階層化因子なのだから、重度患者を除くサブグループ分析が本解析と異なる結果になるのは違和感がある。多分、これも、サンプルが少ないことが影響しているのだろう。

この試験は盲検ではないことを筆頭に様々な弱点があるが、現在の環境下では贅沢は言えない。様々な施設の様々な無作為化割付対照試験のデータが積み重なれば、ある程度の感触を掴めるだろう。

もう一本の、深セン市第三人民医院のCaiらがアビガン群とKaletra(lopinavirとritonavirの合剤)群に割付けた非無作為化オープンレーベル試験臨床試験の論文は、現在、暫定的に撤回されている。理由は不明だが、エビデンスとして参照しないほうが良いだろう。

米国ではトランプ大統領がchloroquineをプッシュし、CDC(疾病管理予防センター)がウェブサイトで事例報告で採用された用量用法を一旦掲示したが、批判が多かったせいか、最近になって撤回した。トランプ大統領は就任前はワクチンの自閉症リスクを喧伝したり、現在、CDCが推奨している布製マスクの着用を、義務付けではなく自分はやらないと語ったり、独自の世界観を発揮している。バイアスというと利害関係者の話ばかり出てくるが、優れた治療法の誕生を望む善意も立派なバイアスであることを忘れてはいけない。

リンク: Chenらの治験論文(medRxiv、2020)
リンク: Wilkinsonらの統計学的論評(Zenodo、2020)
リンク: Caiらの治験論文(Engineering、2020・・・暫定的撤回、2020年4月11日アクセス)


【新薬開発】


アストラゼネカ、タグレッソの術後アジュバント試験が中間解析で成功
(2020年4月10日発表)

アストラゼネカは、Tagrisso(osimertinib、和名タグリッソ)の第三相NSCLC(非小細胞性肺癌)術後アジュバント試験がIDMC(独立データ監視委員会)の推奨を受けて予定より早く盲検解除されると発表した。中間解析で圧倒的な効果が認められたため。

このADAURA試験は、ステージIB、II、IIIAのEGFR変異陽性陽性NSCLCで完全切除を受けた患者682名を組入れて、Tagrisso群のDFS(無病生存期間)を偽薬群と比較した。Tagrissoは80mgを一日一回、最長3年間にわたって投与した。両群とも標準的な術後化学療法を施行することが認められていた。

アストラゼネカは適応拡大申請に向かう考え。

リンク: アストラゼネカのプレスリリース

GSK、ヌーカラの慢性副鼻腔炎試験成功
(2020年4月3日発表)

グラクソ・スミスクラインは、Nucala(mepolizumab、和名ヌーカラ)の慢性副鼻腔炎試験が成功したと発表した。適応拡大申請の予定。

Nucalaは抗IL-5抗体で、好酸球増多型重度喘息症などに用いることが承認されている。今回のSYNAPSE試験は、鼻茸によるCRSwNP(両側鼻ポリープを伴う慢性副鼻腔炎)で、過去に切除術を受けたが十分に改善せず再手術が必要な成人400人超を組入れた52週間の無作為化割付二重盲検試験。共同主評価項目は、内視鏡による鼻ポリープ評価と、鼻閉塞のビジュアル・アナログ・スケールによる評価。副次的評価項目である手術までの期間と合わせて、偽薬比有意な差があった。データは未公表。

CRSwNPといえば、リジェネロンとサノフィが共同開発販売している抗IL-4受容体アルファサブユニット抗体、Dupixent(dupilumab、和名デュピクセント)も欧米で19年に、日本でも今年3月に、適応拡大した。今回のほうが若干重い患者を対象としているのかもしれないが、Nucalaが承認されれば代替的な選択肢になりそうだ。

リンク: GSKのプレスリリース


【承認申請】


アルナイラム、原発性高シュウ酸尿症I型用薬を承認申請
(2020年4月7日発表)

アルナイラム・ファーマシューティカルズ(Nasdaq: ALNY)は、ALN-GO1(lumasiran)を原発性高シュウ酸尿症I型(PH1)治療薬として欧米で承認申請したと発表した。米国は1月に非臨床部分を提出してローリング申請に着手したが、今回、完了した。

PH1は常染色体劣性遺伝性疾患。肝臓のアラニン:グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼの欠損によりグリオキシル酸が蓄積、シュウ酸が過剰になりカルシウムが腎臓などに蓄積、尿路結石などの障害を合併する。罹患率は世界で5.88万人に一人。ALN-GO1はグリコール酸酸化酵素の遺伝子を標的とするRNA介入薬で、シュウ酸の生産を抑制する。月一回(4回目からは3ヶ月毎)の皮注。第三相試験では6歳以上で軽中度の腎障害を持つ患者30人を組入れて尿シュウ酸塩の変化を評価したところ、偽薬比有意に減少した。

リンク: アルナイラムのプレスリリース

BMS、Opdivoなどの四剤併用をNSCLCの一次治療として欧米申請
(2020年4月8日発表)

BMSは、Opdivo(nivolumab)とYervoy(ipilimumab)を化学療法薬二剤と併用で非小細胞性肺癌の一次治療に用いる適応拡大申請を欧米で行い、受理されたと発表した。PD-L1発現度や扁平上皮腫か否かは不問で、EGFRやALKの活性化変異は除外。米国は優先審査を受け、審査期限は8月6日。日本では小野薬品が3月に一変申請済み。

CheckMate-9LA治験が中間解析で主目的(全生存期間の延長)を達成したことに基づく申請だが、データは学会で発表される予定。抗PD-1抗体と化学療法の三剤併用はMSDがKeytruda(pembrolizumab)で承認を得ている。Opdivoは非小細胞性肺癌における開発でKeytrudaに後れを取ってきたが、四剤併用で更に伸ばすことができれば、キャッチアップが可能になるだろう。

リンク: BMSのプレスリリース

AVEO、VEGFR阻害剤を米国で再承認申請
(2020年3月31日発表)

AVEO Oncology(Nasdaq:AVEO)は、tivozanibを再発または難治性の腎細胞腫用薬として米国で承認申請したと発表した。8年前の初申請は不首尾に終わったが、今回はタイトロープを渡りきることができるかどうか、注目される。

07年にキリンからアジア以外の権利を取得したVEGFR阻害剤で、アステラス製薬と共同開発していた時期もあったが、治験成績が今一つで提携解消となった。進行性腎細胞腫のPFS(無進行生存期間)をNexavar(sorafenib)と比較した第三相試験が成功、米国で承認申請したが、副次的評価項目の全生存期間の解析がハザードレシオ1.245、p=0.105となったことがネックとなり、腫瘍学薬諮問委員会が13対1の多数で反対、審査完了通知を受領した。EUではVEGFR阻害剤歴のない患者向けに承認されたが、VEGFR阻害剤の第一選択がNexavarではなくなっため、それを少し上回るだけでは迫力がない。その後、欧州での販売権をEUSA Pharmaにアウトライセンスした。

新たに実施した第三相三次治療試験では、主評価項目のPFSがNexavarを上回ったが、副次的評価項目の全生存期間のハザードレシオは中間解析で1.06となり、打ち切り例を追加追跡して行った解析は1.12と更に上昇した。その後、0.99に改善したものの、メジアンは16.4ヶ月対19.6ヶ月と依然、見劣りした。FDAが再申請に難色を示したため、AVEOは、20年6月に結果が出る最終解析で1を上回ったら撤回すると約束して、今回の申請に踏み切った。

リンク: AVEOのプレスリリース


【承認】


ファイザー、BRAF阻害剤を結腸直腸癌の一部に適応拡大
(2020年4月8日発表)

ファイザーは、Braftovi(encorafenib、和名ビラフトビ)をBRAF-V600E変異を持つ転移性結腸直腸癌の再発治療にErbitux(cetuximab)と併用する適応拡大がFDAに承認されたと発表した。第三相のBEACON試験では、全生存期間がメジアン8.4ヶ月と、irinotecan(またはFOLFIRIレジメン)とErbituxを併用した群の5.4ヶ月を上回った。尚、この試験の主評価項目は更にMektovi(binimetinib、和名メクトビ)も併用するトリプレット群と化学療法群の比較で、これも成功したのだが、ダブレット群と大きな差があるようには見えなかった。

BraftoviはBRAF阻害剤、MektoviはMEK阻害剤で、18年に欧米で、19年には日本でも、BRAF-V600変異陽性悪性黒色腫用薬として承認された。Array BioPharmaが開発、ノバルティスにライセンスしたが、ノバルティスがGSKとの事業スワップにより類薬を取得したため、反トラスト局の要求により解消した。Arrayは19年にファイザーが企業価値を1114億ドルと評価して買収。欧州などの権利はPierre Fabreが、日本と韓国は小野薬品が、保有しており、夫々、昨年11月と今年3月に上記と同様な適応拡大申請を行った。

リンク: ファイザーのプレスリリース


【医薬品の安全性】


ノバルティス、ベオビュの安全性情報を改定へ
(2020年4月8日発表)

ノバルティスは、新生血管加齢性黄斑変性治療薬として19~20年に日米欧で承認された抗VEGF-A抗体フラグメント、Beovu(brolucizumab、和名ベオビュ)のレーベルや臨床試験用説明文書などの安全性に関する記述を改訂すると発表した。

3月1日号で報じたように、Beovuを投与した患者で14例の網膜血管炎が報告されているとAmerican Society of Retina Specialistsが会員に通知した。類薬では発生していないようだ。ノバルティスは当該症例などを社内だけでなく外部の独立安全性評価委員にも検討させ、結果、稀に網膜血管炎且つ又網膜血管閉塞(眼内炎症を伴うことも伴わないこともある)が発生し重度視力喪失に至る可能性もあることを確認した。

添付文書には有害事象として眼内炎症や失明を含む視力低下、網膜動脈閉塞を列記しているが、当局の承認を経てアップデートする考え。

リンク: ノバルティスのプレスリリース





今週は以上です。

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