2020年8月22日

第960回

 

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19:BNT162b2の第1相データが公表 
  • COVID-19:簡便安価なRT-PCR検査が米国でEUA 
  • キイトルーダの食道癌一次治療試験が成功 
  • ノバルティス、抗PD-1抗体の第三相がフェール 
  • バイオマリン、軟骨異形成症用薬を承認申請 
  • バイオマリン、A型血友病の遺伝子療法の承認はお預け 
  • ギリアド、JAK1阻害剤は承認審査完了に
  • 米国で多発骨髄腫のKdDレジメンが承認 
  • ノバルティス、抗CD20抗体が多発性硬化症に承認 
  • ロシュ、エンスプリングが米国でも承認 


【今週の話題】


COVID-19:BNT162b2の第1相データが公表
(2020年8月20日発表)

ドイツのBioNTech SE(Nasdaq:BNTX)は、ファイザーなどと共同開発しているCOVID-19ワクチン、BNT162の第1相試験データを発表した。二種類の候補のうち、副反応や高齢者における免疫原性の点で優れていたBNT162b2を用いて7月に第2/3相試験を開始、順調なら10月にも承認申請する考え。日本も21年上期に1.2億回分の供給を受けるべく基本合意している。以下、medRxivで公開された査読前の治験論文に即して、説明する。

BNT162はウイルスのスパイク蛋白のRNAのリピッド・ナノパーティクル製剤。患者の体内で抗原を発現させる。上記のBNT162b2は、全長スパイク蛋白のRNAの一部を改変して細胞融合前の構造の再現を図ったもの。一方、BNT162b1は、スパイク蛋白の一部である受容体結合ドメイン(RBD)と、免疫原性強化を狙ってT4 fibritin foldon domainを、三量体化した。

21日置いて二回、筋注する。b2もb1も一回だけでは十分な効果はなさそうに見えるので、この21日の間に感染しないよう注意すべきだろう。第28日における中和抗体のGMT(幾何平均抗体価)は用量依存的に上昇した。第2/3相で採用された、b2を30mcg、二回接種した群のGMTをCOVID-19に感染し回復期に入った患者38人のサンプルにおけるGMT(入院が必要だった一名は618、症候性35人は90、無症状3人は156)平均値と比較すると、18-55歳のコフォートでは3.8倍、65-85歳のコフォートは1.6倍だった。b1は65-85歳のコフォートでB2より見劣りした。液性免疫だけでなく細胞性免疫の導入もできた模様だが、まだ研究中で別途論文発表される予定。

ワクチンなので発熱、注射箇所痛、疲労、頭痛、筋痛などの副反応を伴う。多くは軽中度だがb2と比べてb1は発現率が高い。免疫原性を高めたことや、RNAの分子量が5倍大きいことが影響したのかもしれない。b2(30mcg二回接種)の軽中度発熱発現率は18-55歳で17%、65-85歳では8%。一方、軽中度注射箇所痛は各8割超と6割超だった。

若くて健康な人は重症化するリスクが小さいので、ワクチンの便益も高齢者や糖尿病などの持病を持つ人より小さくなる。このような人に接種を促すためには、ワクチン副反応の発現率や重篤度が低くなければらないし、費用も公費負担すべきだろう。MMRワクチンや子宮頸がんワクチンの経験を生かすためには、大規模な試験を行って稀だが深刻な有害事象を特定し、公衆に隠さず開示する必要がある。BNT162など欧米で開発されているワクチンは第三相で数万人規模を組入れる予定だが、米国やブラジルと比べると流行していない日本での組入れは決して多くはないだろうから、心許ないところがある。

リンク: BNT162の第1相治験論文原稿(E. Walshら、medRxiv)
リンク: 両社のプレスリリース

COVID-19:簡便安価なRT-PCR検査が米国でEUA
(2020年8月15日発表)

FDAは、イエール大学が開発した簡便安価なリアルタイムPCR検査手法、SalivaDirectをEUA(非常時使用認可)した。無駄を省き費用と所要時間を抑制することができそうだ。

患者が自ら無菌容器に入れた唾液を検査する。通常の検査キットと異なり、保存剤/RNA安定化剤は使わない。medRxivで公開された論文原稿によると、摂氏30度の環境で数日間保存しても安定的で、唾液の中でウイルスが増殖する可能性も考えにくいようだ。核酸抽出プロセスは不要なので、必要な試薬が再び入手困難になっても問題ない。様々なRT-PCR機器や試薬(プロテイナーゼK、RT-qPCRキット、プライマー/プローブなど)で試験したため汎用性がある。検査に必要な時間を1時間程度短縮でき、イエール大の病理学ラボでは検査能力を倍増できるという。

イエール大学はプロトコルをオープンソース化しており、試薬のコストは数ドルに抑えることができることから、ラボの検査料金を10ドル程度に引き下げることが可能と考えている。

精度はどうか?EUAサマリーによると、鼻咽頭スワブをTaqPath RT-PCR COVID-19で検査し陽性と判定された34検体をSalivaDirectで検査したところ、陽性一致率は94%(32/34)だった。陰性33検体の陰性一致率は91%(30/33)だった。

EUAは用途を制限してはいないが、イエール大学側は、感染疑い例の診断ではなく、無症状の集団のスクリーニングを想定しているようだ。6月にはNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)の協力で、選手などの検査に活用を始めた。プロスポーツ・チームは定期的に検査を行うので、オーソドックスな方法と簡便法の異同を調査するのに適している。

一次スクリーニングの感度が100%でないことは甘受するとしても、特異度が100%でないと無実の人に自粛の不便を強いることになり、人権上の問題が生じる。しかし、安価簡便な検査なら読売巨人軍のスタープレイヤーでなくても翌日にもう一度検査して、確認することが可能だろう。

今回のイエール大学の検査は、科学技術の比較的な躍進というよりは、既存技術の引き算を行っただけのように感じられるが、このような、おそらくノーベル賞の対象にはならない、しかし人類にとっては大きな意義のある、プラクティカルな研究を一流の機関が行ったことは称賛に値するだろう。

リンク: FDAのプレスリリース
リンク: イエール大学のプレスリリース
リンク: EUAサマリー
リンク: Ottらの唾液検体の安定性に関する試験論文原稿(medRxiv論文原稿公開サイト)
リンク: イエール大学のプレスリリース(NBAとの協力について、6/22付)


【新薬開発】


キイトルーダの食道癌一次治療試験が成功
(2020年8月19日発表)

MSDは、抗PD-1抗体Keytruda(pembrolizumab、和名キイトルーダ)の第三相KeyNote-590試験が成功したと発表した。局所進行/転移食道癌の代表的な一次治療であるcisplatinと5-FUの併用レジメンにKeytrudaを追加する効果を偽薬追加群と比較したところ、intent-to-treatベースの全生存期間とPFS(無進行生存期間、RECIST 1.1ベース、治験医評価)が中間解析で達成された。データは9月のESMO(欧州臨床腫瘍学会)バーチャル・ミーティングで発表される予定。

この試験の主評価項目は7つあり、全生存期間に関しては扁平上皮腫且つ又PD-L1陽性(CPS≧10)のサブグループの解析も行われたはずだ。二次治療試験であるKeyNote-181試験では全生存期間の共同主評価項目のうちCPS≧10サブグループでは有意差があったが、扁平上皮腫やintent-to-treatの解析は、多重性補正によりp値の閾値が低くなっていたことが一因で、フェールした。今回の試験はPD-L1陰性/低発現や腺腫にも効果があったのか、学会発表が注目される。

Keytrudaは米国でCPS≧10の難治局所進行/転移食道扁平上皮腫に単剤投与することが承認されている。ライバルであるBMSのOpdivoも同様だがPD-L1不問なので対象が広い。一方、一次治療は、抗PD-1抗体の第三相が成功したのは今回が初めてだろう。

リンク: MSDのプレスリリース

ノバルティス、抗PD-1抗体の第三相がフェール
(2020年8月22日発表)

ノバルティスは、PDR001(spartalizumab)の第三相COMBI-i試験がフェールしたと発表した。データは未発表。BRAF V600変異を持つ切除不能/転移皮膚黒色腫の一次治療を受ける患者を組入れて、BRAF阻害剤Tafinlar(dabrafenib)とMEK阻害剤Mekinist(trametinib)の標準療法に追加する効果を検討したが、PFS(無進行生存期間、治験医評価)が偽薬追加群と大差なかった。

PDR001はIgG4型の抗PD-1抗体。今回が最初の第三相だった。

リンク: ノバルティスのプレスリリース


【承認申請】


バイオマリン、軟骨異形成症用薬を承認申請
(2020年8月20日発表)

バイオマリン・ファーマシューティカル(Nasdaq:BMRN)は、EUに続いて米国でもBMN 111(vosoritide)を軟骨無形成症用薬として承認申請したと発表した。5-14歳の患者を組入れた第2相試験で、最大量の5mcg/kgを毎朝皮注した群は、6ヶ月間の成長速度がベースライン比で平均50%上昇し、正常値に近づいた。

軟骨異形成症は小人症の一種で、内軟骨性骨化の異常により長管骨の成長が滞る。FGFR3(線維芽細胞増殖因子受容体3)の特発的・遺伝的変異が原因と考えられている。BMN 111はC型ナトリウム利尿ペプチドで、受容体に結合してFGFR3パスウェイの過剰活性化を阻害する細胞内シグナルを送る。

リンク: 同社のプレスリリース


【承認審査・委員会】


バイオマリン、A型血友病の遺伝子療法の承認はお預け
(2020年8月19日発表)

バイオマリン・ファーマシューティカル(Nasdaq:BMRN)はBMN 270(valoctocogene roxaparvove)を重度A型血友病の遺伝子療法として欧米で承認申請しているが、米国に関しては審査完了通知を受領した。FDAは進行中の第3相試験の2年データを求めているため、承認は22年頃までお預けになりそうだ。

BMN 270はA型血友病で欠乏する第VIII因子の遺伝子をAAV5ベクターで導入する。第1/2相試験では6x10^13 vg/kgを投与した患者の第VIII因子活性水準が平均で正常値の89%に回復した。3年間の出血事故発生率も96%減少した。バイオマリンはこの試験の3年データと、商業化用プロセスで生産されたバッチを用いた第3相の中間データに基づいて承認申請したが、FDAは、今回初めて、第3相試験の2年間の出血リスクを分析・報告するよう求めた。

遺伝子療法は補充療法と異なり頻繁に投与する必要がないが、承認時点では効果が何年くらい持つのか曖昧だ。第VIII因子活性水準の長期推移を見ると、メジアン値が1年後の60 IU/dLから2年後には26 IU/dLに低下、3年後も20 IU/dLと更に低下している。閾値は必ずしも明確ではないため、FDAは、代理マーカーではなく、治療の目的である出血事故防止効果を主評価項目として効果の持続性を検証するよう求めた。

同社のプレスリリースの行間を読むと、第3相で用いられている市販用バッチと第1/2相試験のバッチの等価性も論点になったように感じられる。

今回のセットバックは、A型血友病の遺伝子療法を開発しているロシュやサンガモ/ファイザーにもインプリケーションがありそうだ。

リンク: 同社のプレスリリース

ギリアド、JAK1阻害剤は承認審査完了に
(2020年8月18日発表)

ギリアド・サイエンシズ(Nasdaq:GILD)はJyseleca(filgotinib)を中重度活性期リウマチ性関節炎用薬として日米欧で承認申請し、EUでは7月にCHMPの肯定的意見を得たが、米国は審査完了通知を受領した。FDAは依然として200mg(一日一回、経口投与)の精巣安全性に懸念を持っているようなので、精巣安全性確認試験の結果が21年上期に判明するのを待つ必要がありそうだ。全般的なリスク・ベネフィット・バランスにも疑問を持っている模様であり、前途は不透明だ。

filgotinibはベルギーのガラパゴス(Euronext: GLPG)が開発、12年にアボットがインライセンスしたが、自社開発のRinvoq(upadacitinib)で第三相に進むことを決定、返還し、15年にギリアドがインライセンスした経緯がある。

前臨床で精巣毒性が見られたことから、FDAが第2相試験の男の用量を100mgに抑えるよう求めたことがある。リウマチは女性の方が多く、年齢層も概して高いが、JAK1阻害剤は乾癬や炎症性腸疾患など潜在的な用途が広いので、重要な要素だ。類薬が多いため、承認や販売のハードルが高くなりがちである。

第3相では男女とも200mgを投与したが、並行して、精巣安全性確認試験が炎症性腸疾患を組入れる試験とリウマチ性関節炎などを組入れる試験の二本、ロンチされた。精子濃度などのパラメーターが半減した男性は投与を止め、回復するかどうか可逆性を確かめる。半減しなかった男性は投与を続け、長期的な安全性を確認する。

リンク: ギリアドのプレスリリース


【承認】


米国で多発骨髄腫のKdDレジメンが承認
(2020年8月20日発表)

アムジェンのプロテアソーム阻害剤Kyprolis(carfilzomib、和名カイプロリス)とdexamethasone、そしてジョンソン・エンド・ジョンソンの抗CD38抗体Darzalex(daratumumab)を三剤併用するKdDレジメンが多発骨髄腫の2~4次治療法として米国で承認された。CANDOR試験に基づくもので、KdDレジメンのPFS(無進行生存期間)はKyprolisとdexamethasoneのKdレジメンを有意に上回った(ハザードレシオ0.63)。G3以上の有害事象や有害事象による死亡は増加した。

Kyprolisは週二回投与に加えて、70mg/m2(初回は20mg/m2)を週一回投与する用法もEQUULEUS試験に基づいてレーベル収載された。

リンク: JNJのプレスリリース
リンク: アムジェンのプレスリリース
リンク: FDAのプレスリリース(8/21付)

ノバルティス、抗CD20抗体が多発性硬化症に承認
(2020年8月20日発表)

ノバルティスは、Kesimpta(ofatumumab)が再発多発性硬化症(RMS)の治療薬としてFDAに承認されたと発表した。FDAの言うRMSは、再発寛解型や活性期二次進行型の多発性硬化症、そしてCIS(Clinically Isolated Syndrome)と呼ばれる疑い例を含んでいる。

Kesimptaはジェンマブ(OMX:GEN)からライセンスして開発し慢性リンパ性白血病用薬として販売しているArzerra(和名アーゼラ)の活性成分を皮注できるようにしたもの。抗CD20抗体の先輩であるロシュもOcrevus(ocrelizumab)が再発多発性硬化症や二次進行型多発性硬化症に承認されているが、Kesimptaはオートインジェクターで自己注できることが、特に現今の環境では、長所。

第三相は20mgを月一回投与する群とサノフィの Aubagio(teriflunomide)を一日一回経口投与する群のARR(年率再発率)を比較したところ、相対リスク削減率が一本は50%、もう一本は58%で統計的に有意だった。

欧州でも承認審査中。

リンク: ノバルティスのプレスリリース

ロシュ、エンスプリングが米国でも承認
(2020年8月17日発表)

ロシュは、FDAがEnspryng(satralizumab-mwge、和名エンスプリング)をアクアポリン4(AQP4)に対する抗体を持つ成人の視神経脊髄炎関連疾患(NMOSD)用薬として承認したと発表した。近年、治療薬が続々と承認されている疾患だが、自己注可能な薬は初めて。

NMOSDは米国で4000~15000人が罹患と推定されている希少疾患で、主として視神経や脊髄に深刻な損傷を与える。2/3~3/4の患者でAQP4に対する自己抗体が見られ、原因と推測されている。

Enspryngは子会社の中外製薬が創製したIL-6受容体に結合する抗体。Actemra(tocilizumab)のアミノ酸配列を改変し結合部位にpH依存性を持たせることにより、標的に結合乖離を繰り返し長く血中に滞留するようにした。効果や安全性がActemraとどう異なるのかは不明。

第三相試験では抗AQP4抗体陽性サブグループにおける96週間無再発率がモノセラピー試験では76.5%(偽薬群は41.1%)、免疫抑制剤アドオン試験では91.1%(同56.8%)だった。両試験は抗AQP4抗体陰性も組入れられたが、症例数が少ないせいか、便益が確立しなかった。重要な有害事象は、B型肝炎や結核の再燃のような命にかかわることもある感染症や好中球減少症、肝機能検査値異常、過敏反応など。

Enspryngは日本で今年6月に承認、欧州でも審査中。

NMOSD用薬は、アレクシオン・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:ALXN)の抗C5抗体、Soliris(eculizumab、和名ソリリス)が19年に日米欧で適応拡大承認、ビエラ・バイオ(Nasdaq:VIE)の抗CD19afucosylated抗体、Uplizna(inebilizumab-cdon)が今年6月に米国で初承認されている。何れも抗AQP4抗体陽性だけが適応になる。

リンク: ロシュのプレスリリース
リンク: FDAのプレスリリース








今週は以上です。

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