【ニュース・ヘッドライン】
- 医療従事者のインフルエンザ感染予防はN95マスクでなくてもよい
- ESC:PCSK9のRNA介入薬の第三相試験が成功
- ESC:フォシーガが駆出率低下心不全の転帰を改善
- ESC:ブリリンタがPCI歴を持つ二型糖尿病の心血管転帰を改善
- ESC:ブリリンタがエフィエントに負ける番狂わせに
- ESC:Entrestoの駆出率維持心不全アウトカム試験は惜しくもフェール
- ゾフルーザのグローバル小児インフルエンザ試験が成功
- オプジーボの脳腫瘍試験がまたフェール
- オフェブが全身性強皮病に適応拡大
【今週の話題】
医療従事者のインフルエンザ感染予防はN95マスクでなくてもよい
(2019年9月3日発表)
1999年にメキシコで新型インフルエンザの流行が始まる前、タミフル耐性ウイルスが年々増えてきたので生活の知恵としてマスクを備蓄したらどうかと書き、自分自身50枚入りの安い製品を買った。その後、新型インフルエンザが日本にも上陸しマスクが値上がりしたため、備蓄は正解だったが、改めて調べて意外だったのは、欧米の公衆衛生機関はマスク装着を推奨しないところが多く、推奨する国でも、公的備蓄は行っていなかった。
FDAやCDCの資料によれば、インフルエンザ・ウイルスの粒子は水蒸気より小さく、通常のマスクの網目を通過してしまう。NIOSH(米国労働安全衛生研究所)の防塵規格を満たすN95マスクなら捕捉できるが、正しく装着するのは難しく、危険な感染症に対処する医療従事者は定期的に装着テストを受けるほどである。また、水蒸気が詰まり呼吸困難になるため、数時間に一回、交換しなければならない。
私自身は、例えば満員電車で目の前の人が咳をするようなケースでは有効なのではないかと内心では思っている。また、マスクをしていれば、何気なく指で唇を触って、吊革から手に付着したウイルスが侵入するのも防げるだろう。
一方で、不安に感じるのは、マスクをしている人は咳をする時に口元を抑える咳エチケットを守らないことだ。よく考えれば、自分自身、そうである。マスクがあるからと油断するのだ。ウイルスが飛ぶ距離も短くなるのだろうが、満員電車で目の前のマスクをしている人が咳をするようなケースでも大丈夫なのか、是非、誰かに実験してもらいたい。
閑話休題。Journal of American Medical Association誌に、医療従事中のインフルエンザ感染を防ぐ上でのN95マスクの効果を通常のメディカル・マスクと比較した臨床試験の論文が掲載された。発症率は大差ないという意外な内容だった。数年前にも同様な結論の研究論文が発表されたことがあるが、今回は、無作為化割付数が2862人、シーズン数加重で5180人シーズンと規模が大きいため説得力が高い。
結果は、ラボ検査で確認されたインフルエンザ感染症の発生率(人シーズン当り)がN95群は8.2%、メディカル・マスク群は7.2%となり、有意な差はなかった。急性呼吸器疾患などの二次的評価項目でも有意差はなかった。
N95群の被験者のうち常に、または、時々、装着したと回答したのは89.4%、メディカル・マスク群では90.2%だった。
この試験の弱点は、医療施設外でマスクをしていない時に感染した症例が含まれている可能性だ。解析に際して呼吸器疾患者との接触など様々な共変量により調節されているが、いつどこで誰から感染したかは知る由もないだろう。
マスクのような健康にそれほど害のないものは、やりたい人はやればよい。N95マスクは高く、一日に何枚も交換するのは財布が痛むが、金の使い道は個人の勝手である。しかし、正しい情報は提供しなければならない。日本の医療従事者や一般人を対象とする研究も行うべきなのではないか。
リンク: Radonovichらの臨床試験論文抄録(JAMA)
【新薬開発】
ESC:PCSK9のRNA介入薬の第三相試験が成功
(2019年9月2日発表)
メディスンズ・カンパニー(Nasdaq:MDCO)は、inclisiranの第三相試験の結果をESC欧州心臓学会で発表した。アテローム硬化性心血管疾患または同等リスクで最大耐容量のスタチンを服用している米国外の患者1617人を組入れて、最初の二回は3ヶ月置き、その後は6ヶ月毎に300mgを皮注したところ、第510日のLDL-C値が偽薬比54%、低下した。
inclisiranはアルナイラム・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:ALNY)のALN-PCSscをライセンスしたもので、PCSK9のmRNAを切断するsiRNA薬。LDL-C治療効果は抗PCSK9抗体であるアムジェンのRepatha(evolocumab、和名レパーサ)やリジェネロン/サノフィのPraluent(alirocumab、和名プラルエント)と同程度のように見える。投与頻度が少ないのは良い。
安全性が注目されたが、注射箇所反応以外は大きな問題はなさそうだ。治療時発現深刻有害事象は両群22%、腎肝毒性は特に見られなかった。臨床的に重要な注射箇所反応の発生率は4.7%で偽薬群の0.5%を上回った。抗PCSK9抗体は第三相試験で心血管保護作用の兆候を示したが、inclisiranも心筋梗塞発生率が1.2%(偽薬群は2.7%)、卒中は0.2%(同1.0%)と有意に少なかった。
家族性高脂血症の第三相も進行しており、メディスンズ社は今年第4四半期に米国で、来年第1四半期には欧州でも、承認申請する計画。抗PCSK9抗体の経験を踏まえると、売れるかどうかは価格次第だろう。
リンク: MDCOのプレスリリース
ESC:フォシーガが駆出率低下心不全の転帰を改善
(2019年9月1日発表)
アストラゼネカは、SGLT2阻害剤Farxiga (dapagliflozin、和名フォシーガ)のアウトカム試験、DAPA-HFの結果をESC欧州心臓学会で発表した。日本を含む20ヶ国の施設で、標準治療を受けている左室駆出率が40%以下に低下した心不全(HFrEF)約4700人をFarxiga群(10mg、一日一回)と偽薬群に無作為化割付して転帰を比較したもので、主評価項目(心血管死または心不全入院・緊急来院)のハザードレシオが0.74となり、統計学的にも臨床的にも意味のある差が確認された。心血管死だけのハザードレシオは0.82、心不全悪化は0.70でどちらもp値が0.05を下回った。
Farxigaは二型糖尿病治療薬として日米欧などで承認されており、アウトカム試験で心不全悪化を抑制する効果を示している。今回の試験はベースライン時点で被験者の45%が二型糖尿病を合併していて、このユニバースに関しては適応拡大にはならない。残りの55%のデータが注目されたが、各サブグループのハザードレシオは0.75と0.73で大差なかった。Farxigaは二型糖尿病を合併していない心不全にも有効ということになる。尤も、被験者の36%はHbA1cが5.7%以上、6.5%未満の前糖尿病で、正常値は19%のみだった。統計学的な検出力が足りないだろうが、正常値の患者におけるハザードレシオも知りたいものだ。
リンク: アストラゼネカのプレスリリース
ESC:ブリリンタがPCI歴を持つ二型糖尿病の心血管転帰を改善
(2019年9月1日発表)
アストラゼネカは、Brilinta(ticagrelor、和名ブリリンタ)の心血管アウトカム試験、THEMISと、そのPCIサブスタディの結果をESCと医学誌(前者はNew England Journal of Medicine、後者はLancet)で発表した。安定性冠動脈疾患を合併してアスピリンを服用している二型糖尿病の心筋梗塞・脳卒中初発予防効果を検討した試験で、どちらも成功したが、PCI歴のない患者に対する効果は認められなかった。
この試験は、PCI歴、バイパス術歴、または冠動脈狭窄が50%以上の患者19,220人を偽薬群と60mg一日二回経口投与群(当初は90mgだったが他の試験の結果を踏まえて減量)に無作為化割付してメジアン40ヶ月、追跡したもの。PCIサブスタディはPCI歴を持つ11,154人だけを対象とした試験。
結果は、主評価項目の心血管死・心筋梗塞または脳卒中の発生率が各群8.5%と7.7%となり、ハザードレシオ0.90、p=0.04と境界域ではあるが統計学的には有意な差があった。年率では0.3%足らずの差だった。TIMI定義に基づく大出血の発生率が1.0%対2.2%、頭蓋内出血が0.5%対0.7%とどちらも統計学的に有意な差があった。
PCIサブスタディは主評価項目の発生率が8.6%対7.3%、ハザードレシオ0.85、p=0.013と全ユニバースの解析より少し良いデータが出た。一方、PCI歴を持たない患者の解析では各8.4%、8.2%、0.98、0.76と効果が見られなかった。
PCIサブスタディでもTIMI大出血の発生率が1.1%対2.0%と有意に増加した。頭蓋内出血に関してはどちらも0.6%で有意な差はなかったが、イベント数が少ないため、安心すべきではないだろう。
THEMIS試験で失望的なのは、3年以上追跡すればどの薬でもこんなものなのだろうが、Brilinta群の34.5%、偽薬群の25.4%が試験薬の服用を途中で止めてしまったこと。
リンク: アストラゼネカのプレスリリース
リンク: THEMIS試験論文(NEJM)
リンク: PCIサブスタディ論文(Lancet)
ESC:ブリリンタがエフィエントに負ける番狂わせに
(2019年9月1日発表)
そのBrilintaが、競合品であるイーライリリー/第一三共のEfient(prasugrel、和名エフィエント)との直接比較試験で負けるという、主導した研究者にとって意外な結果になったことがESCとNew England Journal of Medicine誌で発表された。
このISAR-REACT 5試験は、ドイツとイタリアの医療施設に入院しPCIやCABGなどが予定されている急性冠症候群4,018人をBrilinta群とEfient群に無作為化割付し、MACE(主要有害心血管イベント:全死亡、心筋梗塞、脳卒中の何れか)が発生するまでの期間を比較した。主目的は、Brilinta群の優越性を確認すること。ところが、結果は、Brilinta群の発生率9.3%に対してEfient群は6.9%、ハザードレシオは1.36、p=0.006と有意に悪かった。死亡率は各4.5%と3.7%、心筋梗塞発生率は4.8%対3.0%となっている。ST上昇型や非ST上昇型のサブグループ分析も同様な結果になった。
抗血小板薬は虚血性イベントを抑制する便益と出血事故が増える危険の綱引きになることが多いが、本試験では、大出血(BARC基準)の発生率は5.4%対4.8%と大差なかった。この試験に関してはBrilintaの完敗といってもよい。
リンク: ISAR-REACT 5試験論文(NEJM)
ESC:Entrestoの駆出率維持心不全アウトカム試験は惜しくもフェール
(2019年9月1日発表)
ノバルティスは、Entrestoのアウトカム試験、PARAGON-HFの結果をESC及びNew England Journal of Medicine誌で発表した。
EntrestoはNEP阻害剤sacubitrilとアンジオテンシンII受容体拮抗剤valsartanを一つの分子にまとめた一風変わった合剤で、欧米で駆出率が低下した慢性心不全の治療薬として販売中、日本でも慢性心不全治療薬として承認審査中。
今回の試験は、左心室駆出率が45%以上と、駆出率低下(40%以下)ではない慢性心不全(HFpEF)4,822人をvalsartan群(160mgを一日二回、経口投与)とEntresto群(sacubitril 97mg/valsartan 103mgを一日二回経口投与)に無作為化割付して、主評価項目である心血管死または心不全入院(通常のアウトカム試験と異なり、二回目以降の入院も考慮)を比較した。
結果は、レート比が0.87、95%信頼区間0.75-1.01、p=0.06と僅かにフェールした。サブグループでは、駆出率がメジアン値(57%)以下や女性の数値が比較的良好だった。尤も、交絡p値は有意ではないので、誤差が異なった方向に出ただけかもしれない。
二次的評価項目ではNYHA分類が改善した患者や腎不全が悪化しなかった患者の比率がEntresto群のほうが高かった。
心血管アウトカム試験は複合評価項目の構成項目の何れかが発生するまでの期間を比較する、time-to-first event法を採用することが多い。死亡というイベントを例に取るのが一番わかりやすいが、200年追跡すると両群とも死亡率100%となってしまい治療効果を評価できない。time-to-first event法なら評価が可能で、もっと長生きしたいという患者のニーズにも即している。
本試験のtime-to-first event法に基づく解析は、ハザードレシオ0.92(95%信頼区間0.81-1.03)だった。主評価項目における治療効果よりも更に低下(数値は上昇)しており、失望的だ。
ノバルティスはNYHA分類の改善などのデータに基づいて適応拡大申請する方向で承認審査機関と相談する考え。治療効果の多寡や臨床的な意義などが論点になりそうだ。
リンク: ノバルティスのプレスリリース
リンク: PARAGON-HF試験論文
ゾフルーザのグローバル小児インフルエンザ試験が成功
(2019年9月2日発表)
ロシュは、Xofluza(baloxavir marboxil、和名ゾフルーザ)の第三相小児インフルエンザ治療試験、MINISTONE-2の結果をISIRV(インフルエンザ等呼吸器ウイルス疾患国際学会)のOPTIONS X 2019会議で発表した。1歳以上、12歳未満のインフルエンザ患者をXofluza群とTamiflu(oseltamivir、和名タミフル)群に無作為化割付した二重盲検試験で、主評価項目の29日治療時発現有害事象は各群の発生率が46.1%と53.4%、副次的評価項目であるインフルエンザ罹病期間のメジアン値は138.1時間と150.0時間で、どちらも同程度だった。ウイルス排出期間のメジアン値は24.2時間対75.8時間で、成人試験と同様に、Xofluzaのほうがよかった。
Xofluzaは日本の臨床試験で作用点であるRNAポリメラーゼのPAサブユニットにI38TあるいはF199G置換などを持つ低感受性インフルエンザウイルスを選択するリスクが表面化した。12歳以上を組入れた第三相では検出率が被験者の1割弱だったが、12歳未満では2割強(77例中18例)と多かった。変異ウイルスは病原性や感染性が低い場合もあり、低感受性イコール薬が無効とは言えないが、国内小児試験は対照群がなかったため、罹病期間短縮効果が低下するかどうかは明らかではなかった。
このため、グローバル試験で罹患期間がTamifluと大差なかったのは取り敢えず朗報。但し、発現率はウイルス型により異なる可能性もあるので、PA/I38変異検出例とそれ以外の比較データなどの公表が望まれる。
尚、この試験は錠剤や顆粒ではなく新開発の経口液が用いられている。
リンク: ロシュのプレスリリース
リンク: 塩野義製薬のプレスリリース(和文、pdfファイル)
オプジーボの脳腫瘍試験がまたフェール
(2019年9月5日発表)
BMSは、Opdivo(nivolumab、和名オプジーボ)の第三相CheckMate-548試験のPFS(無進行生存期間、盲検独立中央評価ベース)解析がフェールしたと発表した。もう一つの主評価項目である全生存期間の解析が残っているため、データ監視委員会は治験続行を勧告した。
この試験は、MGMT(O6-methylguanine-DNA methyltransferase)メチル化のある新患多形性膠芽腫を標準療法群(放射線療法とアルキル化薬temozolomideを施行)と更にOpdivoも用いる群に無作為化割付した。メチル化のない新患多形性膠芽腫(temozolomideの効用に疑問が投じられている)を組入れたCheckMate-498試験は放射線療法・Opdivo併用群の全生存期間が放射線療法・temozolomide併用群を有意に上回らず、フェールした。また、二次治療のbevacizumab併用第三相試験もフェールしたので、今回の試験の全生存解析もフェールした場合は三連敗になる。
脳腫瘍の臨床試験は中々成功しない。抗PD-1/PD-L1抗体も無効なのだろうか。
リンク: BMSのプレスリリース
【承認】
オフェブが全身性強皮病に適応拡大
(2019年9月6日発表)
FDAは、ベーリンガー・インゲルハイムのOfev(nintedanib、和名オフェブ)を全身性強皮病(SSc)に伴う間質性肺疾患(SSc-ILD)の治療に用いる適応拡大を承認した。欧州や日本でも承認審査中。
SSc-ILDはSScの多くが合併する命に係わる肺疾患。米国の推定患者数はSScが10万人、SSc-ILDはその半分。Ofevの臨床試験では、FVC(努力肺活量)の低下が52.4 mL/年と偽薬群の93.3 mL/年より4割小さかった(p=0.04)。深刻な有害事象は肺炎で発現率は2.8%だった(偽薬群は0.3%)。有害事象による永続的な減量が34%の患者で見られた(同4%)。最も多い理由は下痢だった。
Ofevは14~15年に日米欧で特発性肺線維症の治療薬として承認された。欧州では腺腫非小細胞性肺癌用薬Vargatefとしても別名承認されている。
リンク: FDAのプレスリリース
今週は以上です。
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