2021年8月11日

第1012回

【ニュース・ヘッドライン】

  • COVID-19関連: 
  • BNT162b2はデルタ変異に弱い?
  • その他の領域: 
  • ポライビー、DLBCL一次治療試験が成功 
  • エンハーツ、乳癌二次治療試験が成功 
  • ブルーバードの遺伝子治療、今度はSkysonaでMDS症例 
  • キイトルーダの二つの適応拡大申請 
  • GSK、米国で二番目となるMMRワクチンを承認申請 
  • Axsome、抗鬱剤の承認が遅延へ 
  • アッヴィ、abicipar pegolのライセンスを返還


【COVID-19関連】


BNT162b2はデルタ変異に弱い?
(2021年8月9日発表)

COVID-19ワクチンは2020年にBioNTech/ファイザーのBNT162b2とModernaのmRNA-1273が実用化、米国などで大規模接種が開始された。武漢で第1号症例が報告されてから1年という、光速の対応だ。尤も、ウイルスのほうもワクチンの雛型となったスパイク蛋白に様々な変異が生まれており、第3相試験の成績が再現されるかどうか、不透明になっている。

メーカーや研究者が主導した接種者の血清と偽ウイルスを用いたin vitro試験では、武漢型ほどではないがアルファやベータ、ガンマ、デルタにも比較的高い有効性が見られた。

しかし、BNT162b2を早期大規模接種したイスラエルにおける疫学試験では、デルタ株の流行のせいか、予防効果の低下が示唆され高リスク層に対する3回目の接種が始まった。また、第1010回で取り上げたように、米国マサチューセッツ州で発生したデルタ株中心のイベント関連大規模クラスターでは、感染者の74%がワクチン接種を完了していた。マサチューセッツ州の接種完了率は8割なので、もしリスクを9割予防できるなら3割弱の筈である。入院患者でも8割を占めており、サンプル数が少ないのではっきりしたことは分からないが、少なくとも数値上は『ワクチンは感染予防以上に重症化予防効果が高い』とは言えない。

このような中、メイヨー・クリニック系医療施設の疫学研究の論文草稿が査読前論文サーバーであるmedRxivに登録された。ミネソタ州で今年1月から7月までに上記ワクチンを接種した人としなかった人合わせて5万人から年齢や性別、人種、PCR検査歴、ワクチン接種日などがマッチする事例を選び、感染リスクを比較したものだ。

mRNA-1273の予防効果は86%、BNT162b2は76%と、第3相の90%超よりは低いが水準としては十分に良好な結果となった。COVID-19関連入院の予防効果は各91%と85%だった。

ところが、デルタ株が7割超を占めるようになった7月単月のデータを見ると、感染予防効果は各76%(95%信頼区間58-87%)と42%(同13-62%)と、両剤とも低下したが特にBNT162b2が顕著で、二剤の罹患率比(IRR)は0.41(同0.21、0.76)となった。尚、COVID-19関連入院予防効果に関しては各81%(同33-96.3%)と75%(同24-93.9%)と、どちらも高い効果を維持している。

著者はウィスコンシンやアリゾナ、フロリダ、アイオアの系列施設も含めた分析を行った。二剤の罹患率比はコンスタントに1を下回って推移したが、7月は点推定値が0.44と更に低下した上に、両剤とも感染者が増加し検出力が高まったため、95%信頼区間が0.32-0.6と1を跨がなかった。この結果、累計でも0.50(同0.39-0.64)となった。

データをよく見ると、ミネソタのデータは6月は罹患率比が2.1と有意ではないが方向は7月と逆だった。5州合計は未接種者のデータなどが記されておらず、見当は付くので大きな問題ではないだろうが、不安感が残る。

査読前の論文なので、刊行までに重要な部分の記述が変わらないか、注意しなければならない。

ワクチン接種者の罹患率比

mRNA-1273
vs.未接種
BNT162b2
vs.未接種
mRNA-1273
vs. BNT162b2
未接種群罹患率
(千人日当り)
ミネソタ州
5月0.069 *0.17 *0.40.14
6月0.38 *0.18 *2.10.036
7月0.24 *0.58 *0.41 *0.1
5州合計
5月nana0.81na
6月nana0.58na
7月nana0.44na
出所:Puranikらの下記論文草稿から作成。

リンク: Puranikらの疫学研究論文草稿(medRxiv、21年8月9日登録)


【新薬開発】


ポライビー、DLBCL一次治療試験が成功
(2021年8月9日発表)

ロシュは、Polivy(polatuzumab vedotin-piiq、和名ポライビー)の第3相POLARIX試験が成功したと発表した。びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の一次治療を受ける879人を標準療法であるR-CHOP(rituximab、cyclophosphamide、doxorubicin、prednisone、vincristineの5剤併用レジメン)及びPolivyの偽薬を投与する群とR-CHP(R-CHOPのvincristineの代わりに偽薬を投与)とPolivyを併用する群に無作為化割付した試験で、主評価項目のPFS(無進行生存期間、担当医評価)に有意な差があった。データは未発表。

PolivyはB細胞型ホジキンリンパ腫に高度特異的に発現するCD79bに結合しインターナライズしてMMAE(チューブリン重合阻害薬)を放出する、抗体薬物複合体。19~21年に米、欧、日で三次治療薬としてrituximab及びbendamustineと三剤併用することが承認された。

リンク: 同社のプレスリリース



エンハーツ、乳癌二次治療試験が成功
(2021年8月9日発表)

第一三共と共同開発販売パートナーであるアストラゼネカは、Enhertu(fam-trastuzumab deruxtecan-nxki、和名エンハーツ)の第3相DESTINY-Breast03試験が成功したと発表した。her2陽性転移性乳癌は一次治療で抗her2抗体のtrastuzumab、二次治療は抗her2抗体薬物複合体ado-trastuzumab emtansine(ロシュのKadcyla)、そして三次治療にEnhertuを、化学療法薬併用又は単剤で使うのが現在の標準療法だが、今回の二次治療試験でKadcylaを有意に上回ったことから、適応拡大承認後は今より早い段階で使われることになりそうだ。

本試験は、タクサン系抗癌剤とtrastuzumabによる治療歴を持つher2陽性転移性乳癌約500人をEnhertu群とKadcyla群に無作為化割付してPFS(無進行生存期間、盲検独立中央評価)を比較した。独立データ監視委員会が中間解析で目的達成と判定した。副次的評価項目の全生存期間はデータが未成熟(合計死亡者数が所定の水準に達していない)だが上回るトレンドが見られた。データは未発表。G4-5の治療関連間質性肺疾患は観察されなかった。

Enhertuは日米欧で条件付き承認されているが、米国の加速承認の市販後コミットメントは今回の試験なので、本承認に切り替わるだろう。EUにおけるコミットメントはDESTINY-Breast02/A-U301試験(三次治療におけるPFSをtrastuzumabまたはlapatinibをcapecitabineと併用する群と比較)なので、22年頃に結果が出るまでお預け。日本は早期承認の市販後コミットメントが強化されたはずだが、化学療法歴を持つ患者を組入れた第3相試験の結果を医療従事者に情報提供すれば条件を満たせるので、ルールを作って一件落着、という日本型お役所仕事だ。

リンク: 両社のプレスリリース



ブルーバードの遺伝子治療、今度はSkysonaでMDS症例
(2021年8月9日発表)

bluebird bio(Nasdaq:BLUE)は、2021年第2四半期決算発表に合わせて、FDAがLenti-D(elivaldogene autotemcel、EU名Skysona)のクリニカル・ホールドを命じたことを明らかにした。1年前に第3相cALD(脳副腎白質ジストロフィー)試験で投与した患者一名がウイルスベクター調停の可能性のあるMDS(骨髄異形成症候群)を発症したため。治験停止が解除されれば年内に米国申請できるとのことだが、どうだろうか。

cALDは希少X染色体性遺伝子疾患で、ABCD1遺伝子の欠損によりALDPがペルオキシソームに移送されず蓄積する。他家造血幹細胞移植が有効だがグラフトがフェールすると命に係わる。Lenti-Dは患者から採取したCD34陽性造血幹細胞にレンチウイルスをベクターとしてABCD1遺伝子の相補DNAを導入し培養、患者をプリコンディショニングした上で投与する。第2/3相単群試験の成績に基づきEUで今年7月に承認された。

同社は、レンチウイルスベクターを用いて異なった遺伝子を導入するbb1111の臨床試験でAML(急性骨髄性白血病)やMDSが発生したことから、19年にEUで承認されたZyntegloと共に、クリニカル・ホールドになったことがある。精査の結果、ベクターが癌の原因になったとは考えられないとして今年6月に解除となったばかり。

レンチウイルスは患者のゲノムに組み込まれるので導入した遺伝子が長期に亘り発現することが期待されるが、変なところに組み込まれて癌原性変異が生じないか、よく検討する必要がある。cALDは重大な病気なので、多少のリスクは甘受されるかもしれないが。

リンク: 同社のプレスリリース


【承認申請】


キイトルーダの二つの適応拡大申請
(2021年8月10日発表)

MSDは米国でKeytruda(pembrolizumab)の二種類の適応拡大申請を行い受理されたと発表した。

一つは腎細胞腫の術後アジュバント。腎摘出術を受けた、再発リスクがintermediate-highまたはhighあるいは転移部を完全切除した患者に最大17回、投与する。優先審査を受け、審査期限は12月10日。KEYNOTE-564試験に基づくもので、DFS(無病生存)のハザードレシオは偽薬比0.68、p=0.001だった。全生存期間はハザードレシオ0.54だがp値が0.0164と事前に設定された閾値を下回らなかったため、継続追跡中。G3-5の治療関連有害事象発生率は18.9%と偽薬の1.2%を大きく上回った。

リンク: 同社のプレスリリース

もう一つは、治癒的手術/放射線療法が適応にならない、全身性治療後に進行したMSI-H/sMMR内膜腫。審査期限は来年3月28日。KEYNOTE-158試験の二つのコフォート合計90人におけるORR(客観的反応率)に基づくもので、データは9月のESMO(欧州臨床腫瘍学会)で発表される予定。

MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)とdMMR(ミスマッチ修復不全)は癌細胞と正常細胞のゲノムの変異の多寡を調べる。異常な蛋白がたくさんできれば免疫の注意を惹くので、抗PD-1/PD-L1抗体のような免疫強化療法の応答予測因子として使える可能性がある。Keytrudaは治療歴のあるMSI-H/dMMR陽性切除不能/転移性固形癌で他に適切な治療法がない患者に用いることが16年に米国で加速承認された。根拠となった試験の症例数が一番多い結腸直腸癌については別の試験に基づき20年に一次治療適応が承認された。二番目に多い(14例)のが内膜腫で、今回の申請内容と似ており、承認で何が変わるのか良く分からない。

リンク: 同社のプレスリリース


GSK、米国で二番目となるMMRワクチンを承認申請
(2021年8月2日発表)

グラクソ・スミスクラインは、MMR(麻疹、おたふくかぜ、風疹)の弱毒化生ワクチン、Priorixを米国で承認申請したと発表した。MMRワクチンは既にMSDが販売しているが、ワクチンは時々、歩留まりが下がり供給不足になることがあるので、代替的な選択肢がある方が良い。総計17393人を組入れた臨床試験では、免疫原性がMSDの製品と同程度だった。

Priorixは24年前にドイツで初承認後、欧州諸国やカナダ、豪州などでも販売されている。CDC(米国疾病管理予防センター)は、生後12~15ヶ月に一回目、4~6歳で二回目を接種するよう勧奨している。米国でも空白期間があったようで、10代以上の青少年や大人であっても、免疫が無い人(1957年以降に誕生し、麻疹感染歴を証明できず、ワクチン未接種で、ラボ検査による免疫確認もしていない人)は1~2回接種を勧奨している。

リンク: 同社のプレスリリース


【承認審査・委員会】


Axsome、抗鬱剤の承認が遅延へ
(2021年8月9日発表)

Axsome Therapeutics(Nsdaq:AXSM)は、21年第2四半期決算発表に合わせて、AXS-05(dextromethorphan、bupropion)の承認申請に関して、FDAから内容に欠陥があり承認審査の最終段階に当たるレーベルなどの協議に進めない旨の通知を7月30日に受領していたことを明らかにした。審査期限は8月22日だが、審査完了通知を受領することになるのではないか。

AXS-05はNMDA受容体アンタゴニストのdextromethorphanと、鬱病や薬物依存の治療に用いられているノルエピネフィリンとドパミンの再取込阻害剤、bupropionを配合した経口調整放出錠で、後者は前者の代謝酵素である2D6を阻害するブースターとして役割も担っている。第3相試験では軽中度鬱病患者のMADRS(モンゴメリー/アスベルグ鬱病評価尺度)が偽薬比有意に改善した。

アルツハイマー病患者のアジテーション治療でも第3相段階。

リンク: 同社のプレスリリース



アッヴィ、abicipar pegolのライセンスを返還
(2021年8月9日発表)

Molecular Partners(SIX:MOLN)がアラガンと11年に結んだ包括的な創薬提携は、最初の成果であるabicipar pegolが承認申請まで到達したが、承認されず、アラガンを買収したアッヴィから同薬の開発販売権を返還する旨の通知を受領した。

同社はチューリッヒ大学発のベンチャーで、ankyrin繰り返し蛋白を標的に合わせて組み合わせることにより高力価高安定性の阻害薬を創製するDARPin技術を持っている。abicipar pegolはVEGFとPDGFに結合する蛋白をPEG化したもので、新生血管加齢性黄斑変性の治療薬として第3相試験が二本実施され、視力改善効果がLucentis(ranibizumab)と非劣性であることが確認された。

残念なのは眼内炎症の発生率が15%とLucentis群の0~1%より高かったこと。承認申請と並行して、大腸菌除去の工程を加えた製剤の臨床試験を実施、9%まで低下したが、ゼロにはならなかった。

リンク: 同社のプレスリリース






今週は以上です。

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