(今週はaducanumabの諮問委員会の話が長いです)
【ニュース・ヘッドライン】
- COVID-19:抗GM-CSF抗体の第3相が好調に推移?
- COVID-19:イラリスの第3相がフェール
- COVID-19:RECOVERY試験はREGN-COV2を続行
- ファイザー、ゼルヤンツの強直性脊椎炎試験が成功
- BMS、TYK2阻害剤が第3相乾癬試験でオテズラに勝つ
- Karyopharm、Xpovioの脱分化型脂肪肉腫試験が成功
- バイオマリン、軟骨無形成症用薬の承認申請はFDAの助言に従っていなかった
- ギリアド、ジセレカを欧州で潰瘍性大腸炎に適応拡大申請
- バイオジェン/エーザイ、アデュカヌマブをEUでも承認申請
- FDA諮問委員会、バイオジェン/エーザイのaducanumabの承認に否定的
- アストラゼネカ、ブリリンタが脳梗塞に適応拡大
- ADA-SCIDの遺伝子治療がリンパ腫懸念で投与停止に
【今週の話題】
COVID-19:抗GM-CSF抗体の第3相が好調に推移?
(2020年11月6日発表)
Humanigen(Nasdaq:HGEN)は抗GM-CSF抗体lenzilumabの第3相COVID-19肺炎治療試験を進めているが、データ安全性監視委員会(DSMB)が検出力を確認するための中間解析を踏まえて、検出力90%以上を維持するために、目標イベント数(両群合計の回復者数)を257から402に増やすよう推奨したと発表した。同社は目標組入れ数を300人から515人に拡大する考え。
ここまでならよくあることで、治療効果が前提を下回っているんだろうな、尤も検出力90%というのはかなり高いから前提が楽観的過ぎたということでもないんだろうな、どんな解析計画だったのだろう?・・・で終わるところだが、同社は一歩踏み込んだ。この種の中間解析の具体的なデータは、主目的を達成したリ無益性や安全性懸念で打ち切りあるいは盲検解除にならない限り、製薬会社や治験医等には伝達されない。しかし、スポンサーである同社はプロトコルを把握しているのである程度の推測が可能だ。今回、二つの推測を公表した。
このアダプティブ・デザイン試験では、DSMBが中間解析に基づき組入れ拡大を推奨する条件の一つとして、中間データが有望域にあることを求めている。従って、有望域の定義より、『回復』の偽薬比ハザードレシオが1.29以上であることが推測できる(大きいほど良好)。
更に、目標イベント数から逆算して、中間解析のハザードレシオが1.37程度だったことが推測できる由だ。
話が前後するが、この試験は人工呼吸器/ECMO装着が必要なほどは悪化していないCOVID-19肺炎患者を米国と南米の施設で組入れて、回復状況を偽薬群と比較する無作為化割付二重盲検試験。両群ともSOC(標準療法)を受けており、途中経過段階では8割の患者がremdesivirかつまたdexamethasoneによる治療を受けていた。当初目標の300人組入れは既に終了している。
重症患者でしばしば見られる肺疾患や血栓症は免疫血栓反応が異常亢進することが原因と推測されるため、抗IL-6受容体抗体など様々な免疫抑制剤の臨床試験が実施されたが、今のところ、思わしい結果は出ていない。顆粒球単球コロニー刺激因子を抗体でブロックすることで回復までの期間を2~3割短縮できるなら朗報だが、会社側推定は本当に正しいのだろうか?
そもそも、盲検試験の途中経過を公表するのはタブーであり、例え推定であったとしても、治験医や被験者にバイアスを与えるリスクがあるので、好ましいことではない。臨床試験の厳格性を損ねる懸念がある。
lenzilumabは別途、NIH(米国立衛生研究所)がremdesivir併用効果を検討するPOC試験、ACTIV-5/BET-B試験を行っている。目標組入れ数は200人なのでやや小さいが、もう一つのエビデンスになりうるだろう。二本とも成功するかどうか、注目したい。
Humanigenは旧名KaloBios Pharmaceuticals。15年11月にMartin Shkreliが仲間と株式の7割を取得しCEOに就任したが、翌月、証券詐欺で逮捕されたため解任、チャプター11の適用申請を経て、ハゲタカファンドの支援を得て復活した。
リンク: 同社のプレスリリース
COVID-19:イラリスの第3相がフェール
(2020年11月6日発表)
ノバルティスは、抗IL-1ベータ抗体Ilaris(canakinumab、和名イラリス)をCOVID-19肺炎によるサイトカイン放出症候群の治療に用いる第3相試験がフェールしたと発表した。挿管/人工呼吸器装着していない患者454人を組入れて転帰を検討したが、主評価項目である、人工呼吸器装着せずに29日間生存している患者の比率は88.8%と偽薬群の85.7%と大差なかった(p=0.29)。副次的評価項目のCOVID-19関連死亡率は4.9%対7.2%でp=0.33だった。
釈然としない発表だ。死亡率の点推定値の差は2.3%と大きく、もっと大規模な試験なら有意差が出たのではないか、という疑念を持たざるを得ない。尤も、この試験もtime-to-event分析を採用しているのだろうから、当初の群間差がもっと小さい、もしかしたら、Ilarisのほうが悪い、という可能性も考えられないでもない。
Ilarisは周期熱症候群や全身型若年性特発性関節炎、周期性症候群などの治療薬として日米欧で承認されている。
リンク: 同社のプレスリリース
COVID-19:RECOVERY試験はREGN-COV2を続行
(2020年11月5日発表)
リジェネロン・ファーマシューティカルズ(Nasdaq:REGN)は二種類の抗SARS-CoV-2抗体のカクテル、REGN-COV2の第3相COVID-19治療試験や予防試験を実施しているが、既報のように、入院患者の試験でハイフロー酸素/人工呼吸器患者に安全性懸念が生じたことから、精査が終わるまで当該患者の新規組入れを一時停止した。独自にCOVID-19入院患者試験を実施しているオックスフォード大学でも独立データ監視委員会がチェックしたが、続行を推奨したことが公表された。好ましいニュースだが、症例数が少ないので、楽観はできないだろう。
オックスフォード大学はRECOVERY試験というマスター・プロトコルの下、COVID-19入院患者の死亡リスクや罹患期間を抑制する効果を検証すべく、幾つかの既存薬/新薬の試験を行っている。これまでに、酸素投与/呼吸補助を必要とするサブグループにおけるdexamethasoneの有効性と、hydroxychloroquineやlopinavir/ritonavirの無効性を明らかにする成果を上げている。医療現場の負担を軽減すべく集計項目を簡素化するとともに、英国外の医療施設も加えることで、規模とスピードを両立させた。試験薬は適宜、見直しており、REGN-COV2の試験は今年9月に、対照群と2000人ずつ組入れるのを目標に、開始した。
今回、独立データ監視委員会は安全性と効果のデータがある15,545人(うちREGN-COV2群と対照群は合計325人)のデータや外部情報を検討した結果、治験のプロトコルを見直す十分な根拠はなく、患者組入れを続行するよう推奨した。
リジェネロンの入院患者試験の目標症例数は1850人なのでRECOEVRY試験のほうが規模が大きいが、評価対象が325人となると、そのうちハイフロー酸素投与以上の措置が必要な患者だけに関する便益や危険を判断するには不十分だろう。当否を確認するにはもっと多くの患者を組入れる必要がある。
リンク: RECOVERY試験データ監視委員会の報告(pdfファイル)
リンク: リジェネロンのプレスリリース
【新薬開発】
ファイザー、ゼルヤンツの強直性脊椎炎試験が成功
(2020年11月6日発表)
ファイザーは、JAK阻害剤Xeljanz(tofacitinib、和名ゼルヤンツ)の第3相活性期強直性脊椎炎試験が成功したと発表した。2種類以上のNSAIDs(非ステロイド抗炎症薬)に不応不耐の270人を組入れて、5mgを一日二回、経口投与する効果を偽薬と比較したところ、ASAS20達成率が各56%と29%となり、有意な差があった。副次的評価項目のASAS40達成率も41%対13%で有意に上回った。
詳細は、11月9日にACR(米国リウマチ学会)/ARP(リウマチ専門医協会)年次総会で発表する予定。また、既にFDAに適応拡大申請して受理されたことも明らかにされた。審査期限は21年第2四半期。
リンク: 同社のプレスリリース
BMS、TYK2阻害剤が第3相乾癬試験でオテズラに勝つ
(2020年11月3日発表)
ブリストル マイヤーズ スクイブは、BMS-986165(deucravacitinib)の一本目の第3相中重度尋常性乾癬試験が成功したと発表した。偽薬だけでなくアムジェンのOtezla(apremilast、和名オテズラ)に対しても有意に上回った。データは未発表。二本目の結果は来年第1四半期に判明する見込み。日本や中台韓でも別途、第3相試験中。
尋常性乾癬では、活性化した抗原提示細胞が分泌してT細胞のTh17細胞化を誘導する、IL-23を標的とする抗体医薬が続々と登場している。BMS-986165はIL-23やIL-12、I型インターフェロンがトリガーする細胞内シグナル伝達を調停するチロシンキナーゼ2(TYK2)の経口阻害剤で、作用メカニズムが似ている。第2相試験では一日6mg以上を投与した群のPASI75が69~75%と偽薬群の7%を大きく上回った。Otezlaの第3相は偽薬群を23~28%上回る程度だったので、今回の結果は意外ではないだろう。
この第3相試験は中重度尋常性乾癬で光学療法または全身性治療の対象となる666人を偽薬群、9mg群(一日一回投与)、またはapremilast群に無作為化割付して16週間治療し、PASI(乾癬面積・重症度)が75%以上低下した患者の比率や、sPGA(医師による静的総合評価)が0(無症状)または1(極軽度)に改善した患者の比率を偽薬群と比較した。どちらも尋常性乾癬の臨床試験では一般的な薬効評価方法だ。副次的評価項目としてapremilast群との比較も行った。
安全は第2相試験と同様であった由。
Otezlaは経口PDE-4阻害剤でIL-23やIL-17、IL-6、そしてTNFアルファやガンマなどの炎症性サイトカインの産生を抑制する。セルジーン社の製品だったが、BMSとの合併に際して反トラスト法上の懸念を回避するため、アムジェンに事業売却した。ファースト・イン・クラスのTYK2阻害剤の第3相が成功したことによって、ファイザーのJAK1/TYK阻害剤であるPF-06700841などの開発にも拍車がかかるだろう。
リンク: BMSのプレスリリース
Karyopharm、Xpovioの脱分化型脂肪肉腫試験が成功
(2020年11月2日発表)
Karyopharm Therapeutics(Nasdaq:KPTI)は、Xpovio(selinexor)の第3相SEAL試験が成功したと発表した。21年第1四半期に適応拡大申請する予定。
Xpovioは核外輸送蛋白であるエクスポーティン1に結合し腫瘍抑制蛋白の排出を妨げる経口剤。19年に米国で再発難治多発骨髄腫の5次治療薬として、今年6月にはびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の3次治療薬としても、加速承認された。欧州でも新薬承認審査中。日本は小野薬品がライセンスしたが返還を決定した。
SEAL試験は進行切除不能脱分化型脂肪肉腫の3次治療試験。多発骨髄腫の5次治療では80mgを週二回投与、2次治療では100mgを週一回投与するが、今回の試験ではモノセラピーで60mgを週二回投与してPFS(無進行生存期間)を偽薬と比較した。結果は、ハザードレシオ0.70、p=0.023だった。偽薬群の患者は癌の進行後に試験薬にクロスオーバーできるプロトコルだったが、しなかった患者との比較では、試験薬群の全生存期間が上回る傾向が見られた由(あまり良い比較ではないが)。PFSですらp値が十分に低くなかったのだから、延命効果を確認するには検出力不足なのだろう。
リンク: 同社のプレスリリース
【承認申請】
バイオマリン、軟骨無形成症用薬の承認申請はFDAの助言に従っていなかった
(2020年11月2日発表)
バイオマリンはBMN 111(vosoritide)を軟骨無形成症の治療薬として欧米で承認申請し、欧州に続いて米国でも受理された。審査期限は来年8月20日とのことなので、承認薬がない25000出生に一人という希少難病の薬であるにも関わらず、優先審査指定されなかったことになる。現時点では諮問委員会を招集する考えはないとのことだが、すんなり承認されるとは限らないのではないか。
プレスリリースによると、FDAは18年に開催した小児用薬諮問委員会・内分泌代謝薬諮問委員会共催会議で、軟骨無形成症の適応を取るためには異なった年齢層に対する2年間の対照試験の裏付けが必要との立場を示した。一方、バイオマリンは、第3相試験(対照試験期間は1年)の結果が高度に説得的で、第2相試験では最大5年間の自然歴対照データがあることから、不要との立場を取っているとのことだ。
臨床試験の規模や期間を抑制すれば早く結果を出して早く承認申請できることになるが、優先審査指定されなかったことで、数ヶ月分を吐き出した。十分なデータが揃っていないため時間をかけてじっくり検討審査する必要がある、という立場を示したのだろう。承認されなかった場合、更に吐き出すことになる。
軟骨無形成症はFGFR3(線維芽細胞増殖因子受容体3)の常染色体優性変異による疾患で、骨の成長が抑制され、四肢短縮型低身長が現れる。遺伝より突然変異のほうが多いようだ。BMN 111は、FGFR3の経路を抑制するC 型ナトリウム利尿ペプチドの安定化アナログ。成長板がまだ開いている、軟骨無形成症の25%程度を占める患者が対象になる。5歳から14歳の患者121人を組入れた第3相試験では、15mcg/kgを毎朝皮注した群のAGV(年率成長速度)が偽薬群を1.57cm/年、有意に上回った。期間が短いためQOLなどの指標は有意差がなかった。
リンク: 同社のプレスリリース
ギリアド、ジセレカを欧州で潰瘍性大腸炎に適応拡大申請
(2020年11月2日発表)
ギリアド・サイエンシズ(Nasdaq:GILD)は、EUでJyseleca(filgotinib、和名ジセレカ)の適応拡大申請を行った。中重度潰瘍性大腸炎でバイオ薬を含む既存薬に十分に反応しない、または反応しなくなった、または不耐の患者に200mgを一日一回経口投与するもの。
ベルギーのガラパゴス(Nasdaq:GLPG)からライセンスしたJAK1阻害剤で、DMARDs(疾病修飾的抗リウマチ薬)に不応不耐の中重度活性期リウマチ性関節炎用薬として今年9月、日欧で承認された。一方、米国は審査完了通知を受領した。従来からの懸念である精子毒性が原因のようで、長期的な精子影響や可逆性を確認するMANTA-RAY試験などの結果を21年上期に確認した後で、改めて今後の方針を決めることになるのではないか。
リウマチでは100mgまたは200mgを一日一回経口投与するが、潰瘍性大腸炎用途では第3相で100mg群の成績が今一つだった。ラットやイヌのデータからは200mgでは十分な安全域を確保できなさそうなので、都合が悪い。リウマチはある年齢以上の女性が多いので男性に使えなくても需要に大きな影響はないが、潰瘍性大腸炎は男性も若い人も少なくないので、話が変わってくる。JAK阻害剤は癌や血栓のリスクも懸念される。他社もラインアップしているので、敢えてJyselecaを選択しなければならない症例は限られるのではないか。
リンク: 同社のプレスリリース
バイオジェン/エーザイ、アデュカヌマブをEUでも承認申請
(2020年10月30日発表)
バイオジェンとエーザイは、BIIB037(aducanumab)をアルツハイマー病薬としてEUで承認申請し受理されたと発表した。米国でも承認審査中(諮問委員会の項を参照)。勝算がなければ申請しないだろうから取り敢えずポジティブだが、実際に承認されるかどうかは別問題だ。
リンク: 同社のプレスリリース
【承認審査・委員会】
FDA諮問委員会、バイオジェン/エーザイのaducanumabの承認に否定的
(2020年11月6日発表)
FDAは末梢中枢神経系薬諮問委員会を招集し、、バイオジェン/エーザイがアルツハイマー病薬として承認申請したBIIB037(aducanumab)について、意見を求めた。事前に公表されたブリーフィング資料のトーンが異常に肯定的だったため驚いたが、諮問委員会の判定は常識的で、エビデンス不足と結論した。
FDAの承認審査は徹底しており、広く信頼されている。諮問委員会がFDAの分析を受け入れないことも無いではないが、今回のように、FDAの評価を殆ど誰も支持しなかったのは私の20年余の経験では初めてだ。サレプタ・セラピューティックス(Nasdaq: SRPT)のデュシェンヌ型筋ジストロフィー用薬Exondys 51(eteplirsen)の承認や、一部のCOVID-19用薬のEUA(非常時使用認可)など、近年はFDAの判断を批判する声が増えており、FDAに対する信頼は過去のエピソードになってしまった。
最初に、これまでの経緯を振り返る。aducanumabはアミロイド・ベータの立体配座エピトープに結合する抗体医薬。バイオジェンがスイスのNeurimmune社から世界開発商業化権を取得、 アルツハイマー病領域で協業しているエーザイと共同開発している。他社が抗アミロイド・ベータ抗体で実施した第3相は全滅したが、両社は、早期段階(アルツハイマー病による軽度認知障害と軽度アルツハイマー病)の、脳のPET検査によりアミロイド・ベータの蓄積が確認された患者に絞り込んで、15年に第3相を二本、開始した。
19年に中間解析で無益性が認定され、治験打ち切りとなったが、症例数や追跡期間が増えたアップデート分析で、302試験(通称EMERGE試験)の高用量群で主評価項目であるCDR-SBの悪化が偽薬比有意に小さかったことが判明。301試験(同ENGAGE試験)はフェールしたが、累積投与量が一定以上だったサブグループでは好ましい傾向が見られた。
最後の点について背景を付記すると、抗アミロイド・ベータ抗体はARIA(アミロイド関連画像異常)という副作用が見られ、特に、アルツハイマー病発症リスクに関連するApoE4(アポリポタンパク質E4)遺伝子多型を持つ患者では高頻度に発現する。このため、aducanumabの第3相ではApoE4型(被験者の2/3を占める)に対する用量を抑制していた。しかし、後期第1相試験で追加検討した用量漸増法の首尾が良好であったことや、ARIAが発現しても多くは症状を伴わないことが判明したことから、途中でプロトコルを変更、高用量群のApoE4型患者も陰性患者と同様に目標用量を10mg/kg月一回点滴静注に変えた。その時点では既に多くの患者が投与を受けていたため、初期に組入れられたApoE4型患者はプロトコル変更後の患者と比べて累積投与量が小さくなってしまった。301試験は302試験より遅く始まったため、影響が比較的大きかった。
両社は様々な感受性分析を行いながら日米欧の承認審査機関と相談を進め、1年後の今年7月に米国で、上記のように10月にはEUでも、承認申請した。
FDAの承認審査担当者は肯定的に受け止めた。まず、なぜ両社の抗アミロイド・ベータ抗体の試験は成功したのか?第一に、薬が違う。aducanumabはオリゴマーの形成を阻害することができ、POC(プルーフ・オブ・コンセプト)試験で脳/脳脊髄液のアミロイド・ベータを軽減する作用が確認されている。第二に、臨床試験のデザインが異なる。病気が進行した患者のアミロイド・プラクを除去しても手遅れかもしれないので早期段階の患者に限定し、アミロイド・ベータを標的とする薬なので蓄積のある患者だけを組入れた。
次に、302試験と301試験の食い違いについて。審査担当者は上記のApoE4型患者における累積投与量の問題や、301試験の高用量群だけ急速進行者の比率が多かったことなどに注目したが、それだけでは説明できないため、301試験は有効性を肯定するほどではないが否定するものでもないと結論した。
それでは、なぜ承認に前向きなのか?通常、薬効を確認するためには仮説検証的試験を二本実施して統計学的に有意な差を確認する必要があるが、救命のような臨床的に極めて重要な効能を大規模な試験で確認した場合は、例外的に取り扱われることがある。例えば抗癌剤の試験や心血管アウトカム試験などだ。また、抗鬱剤や鎮痛剤の試験のように薬効評価が主観的で偽薬効果が大きく出やすい場合は、治験の結果が2勝1敗でも、複数成功したという事実を重視して、承認する場合がある。審査担当者は、302試験を薬効の主エビデンス、後期第1相の103試験を補助的エビデンスに据え、301試験のサブグループ分析も整合的、と建付けた。
aducanumabについて記述する時は『意外なことに』を多用せざるを得ないが、FDAの統計学的評価担当者は、承認審査担当者と異なる結論だった。無益性判定後に行われた解析は厳格性がなく、累積投与量などに関する事後的サブグループ分析は信用すべきでないという、至極尤もなものだった。
承認審査担当者は、諮問委員会から肯定的な意見を引き出すべく、バイアスを盛り込んだ質問リストを作成したが、評決は散々だった。
第1問:302試験は効果を支持する強力なエビデンスを提供しているか?301試験は無視して判断せよ。
回答:Yes 1名、No 8名、棄権2名。
第2問:103試験は補助的なエビデンスを提供しているか?
回答:Yes 0名、No 7名、棄権4名。
第3問:アルツハイマー病の病理における薬理学的効果に関する強力なエビデンスが提示されているか?
回答:Yes 5名、No 0名、棄権6名。
第4問:301試験の事後的探索的解析結果も考慮した上で、302試験を有効性に関する主要なエビデンスと見なすことは合理的か?
回答:Yes 0名、No10名、棄権1名
第3問はYesが多かったが、アミロイド・ベータなどバイオマーカーが改善する効果は確認されているので、むしろ、少なかったと解釈すべき。棄権6名は、バイオマーカーが改善しても臨床的効用があるとは限らないのだから、こんな質問には答えたくないと考えたのかもしれない。
FDAの諮問委員会は特定の事項に関して専門家の意見を聞くものであり、FDAが承認するかどうかは別問題だ。それでも、これだけの反対を押し切って承認するのは容易ではないだろう。
尚、承認審査担当者は治療効果の多寡は問題にしていない。FDAは従来から、アルツハイマー病薬については治療効果の多寡を議論するのは困難であるため、統計学的に有意であれば十分というスタンスを取っているからだろう。しかし、発売されれば価格は高いだろうし、治療前には高額なPET検査も必要だ。月一回、医療施設に通って点滴を受ける費用や手間もばかにならない(米国は在宅点滴も可能だが、軽度患者が対象なので、必然ではないだろう)。従って、それに見合った治療効果があって欲しいものだ。
成功した302試験のデータを見ると、偽薬群はCDR-SBがベースラインの2.5から78週間で1.7悪化したが、aducanumab群は悪化幅が0.4小さかった。逆算すると、78週間で1.3悪化したことになる。CDR-SBは記憶機能の評価を中心に生活機能など6評価項目について夫々0点(問題なし)から3点(重度)まで0.5点刻みで評価したものを合計したものなので、0.4点の差は1刻みにも満たないことを意味する。これが十分な治療効果なのかどうかは、別途、検討すべき課題だろう。
リンク: FDAと承認申請者の共同ブリーフィング資料(pdfファイル)
リンク: 両社のプレスリリース
【承認】
アストラゼネカ、ブリリンタが脳梗塞に適応拡大
(2020年11月6日発表)
アストラゼネカは、Brilinta(ticagrelor、和名ブリリンタ)を軽中度の脳卒中(NIHSSが5以下の急性虚血性卒中と高リスクな一過性虚血発作)の急性期治療に用いる適応拡大がFDAに承認されたと発表した。アスピリン併用で、初日は180mgを一回、その後は90mgを一日二回、30日間に亘り経口投与する。
エビデンスとなるTHALES試験では発症24時間以内の患者約11000人を偽薬またはBrilintaをアスピリン(初日は300~325mg、その後は75~100mgを一日一回投与)と30日間併用する群に無作為化割付して死亡・卒中リスクを比較したところ、偽薬群の発生率は6.6%、Brilinta群は5.5%、ハザードレシオは0.83でp=0.02だった。卒中だけのハザードレシオは0.81で、死亡は1.33と数値上は上回ったもののイベント数が少ないため統計的に有意ではなかった。
抗血小板薬の併用は必然的に出血リスクを高める。当試験では重度出血の発生率が偽薬群の0.1%を大きく上回る0.5%となり、ハザードレシオは3.99、p=0.001だった。出血事故による死亡は偽薬群が2人に対してBrilinta群は11人。計算上は、1000人に30日間投与すると11人の脳卒中を防ぐことができるが、1~2人を致死的出血で死なせる覚悟が必要になる。
リンク: アストラゼネカのプレスリリース
【医薬品の安全性】
ADA-SCIDの遺伝子治療がリンパ腫懸念で投与停止に
(2020年10月30日発表)
英国のOrchard Therapeuticは、ADA-SCID(アデノシンデアミナーゼ欠損症による重症複合免疫不全症)の治療薬としてEUで承認されている遺伝子治療薬、Strimvelisの投与を一時的に停止すると発表した。4年前に治療を受けた患者がT細胞リンパ腫と診断されたため。
Strimvelisと同じようにガンマレトロウイルスをベクターとして欠損している遺伝子を患者に導入した遺伝子療法試験で白血病が発現したことがあり、StrimvelisのSPC(製品概要)に警告事項として記載されている。懸念が表面化してしまったのかもしれない。
欧州では年14人程度の新生児がADA-SCIDに罹患と推定されている。Strimvelisは12人に投与したところメジアン7年後に全員生存という成績を残し、HLA型が適合する近親者からの造血幹細胞移植を受けることができない患者向けに16年に承認されたが、希少疾患であることに加えて、薬剤費が約7000万円と高いことなどからあまり普及せず、承認取得したグラクソ・スミスクラインが他の希少疾患薬事業と合わせて18年にOrchard Therapeuticsに売却した経緯がある。
リンク: 同社のプレスリリース
今週は以上です。
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