2012年6月17日

海外医薬品ニュース週末版 2012年6月17日号



ニュース・ヘッドライン

  • ADA:イーライリリーの長期作用性インスリンが初お目見え
  • MSDの不眠症治療薬の第三相試験が成功
  • サノフィが抗CD52抗体を多発性硬化症に承認申請
  • ADA:ランタスと高濃度オメガ3ポリ不飽和脂肪酸の心血管アウトカム試験がフェール
  • コンサルティング会社のレポート紹介

新薬開発


イーライリリーの長期作用性インスリンが初お目見え

イーライリリーがベーリンガー・インゲルハイムと共同開発している長期作用性インスリン、LY2605541の第二相試験結果がADA米国糖尿病学会科学部会で発表された。全体としてみれば効果や安全性はサノフィのLantus(insulin glargine、和名ランタス)と大差なさそうだが、体重が低下したことと、肝毒性の兆しが見られたことが注目される。

LY2605541のプロファイルはベールに包まれていたが、同社の短期作用性インスリンHumalog(insulin lispro、和名ヒューマログ)にポリエチレン・グリコールを結合してPEG化したもののようだ。「ファンクショナル・サイズ」が7~10万ダルトンと大きいため、注射後の末梢作用が通常のインスリン製剤より小さく、膵臓から分泌される内在性インスリンと同様に肝臓で代謝された後に作用する。このため、脂肪が増加しにくく、血中のトリグリセライドは増加する。

第二相試験ではLantus群と同程度にHbA1cを管理できた。一型糖尿病患者を組入れた試験では低血糖症が有意に多かったが、夜間低血糖は少なかった。体重は8週間の治療でLantus群が平均1kg程度増加したのに対して、LY2605541群は1kg減少した。一方で、肝機能検査値の上昇が見られた。上記の薬物動態上の特性を考えれば、薬との関連性を疑う余地があり、投与を続けるうちに上げ止まる、あるいは元に戻るかどうか、そして、症候性肝障害が発生するかどうかを確認する必要がありそうだ。

リンク:両社のプレスリリース

MSDの不眠症治療薬の第三相試験が成功

MSD(米国のメルク)は、慢性不眠症の治療薬MK-4305(suvorexant)の第三相試験結果を学会発表すると共に、プレスリリースで概要を公表した。多くの評価項目の解析が成功し、長期的に連続投与しても効果が維持されることと、忍容性面で大きな問題はないことを確認した。年内に承認申請予定。

MK-4305はオレキシン・アンタゴニストという新しいタイプの睡眠薬だ。オレキシンはナルコレプシーという突然眠ってしまう病気に関連しており、この試験ではナルコレプシーや脱力発作のある患者を除外した。治験では脱力発作は発生せず、全体的な安全性も良好だったが、ごく一部(1%未満)の患者で自殺思慮・行動、入眠時・覚醒時幻覚が見られたので、リスク要因の精査が必要だろう。

オレキシン受容体をブロックする薬は、GABA作用剤よりも自然に近い睡眠を誘導するようだ。入眠潜時や総睡眠時間のデータは既存の薬と大きくは違わないので、睡眠の質がどうなのか、気になるところである。睡眠薬は朝目覚めた後も眠気が残ることがあり、MK-4305も例外ではなさそうだ(発生率10%、偽薬群は3%)。

メカニズムの違いが臨床的な違いに結びつくかどうか明らかではないが、慢性不眠症の患者は多いので、新しいメカニズムの薬の登場は歓迎されるだろう。

リンク:MSDのプレスリリース

承認申請・承認


サノフィが抗CD52抗体を多発性硬化症に承認申請

サノフィは、B細胞性慢性リンパ性白血病に承認されているCampath(alemtuzumab)を、再発寛解型多発性硬化症の維持療法薬Lemtradaとして欧米で承認申請した。一日一回、3~5日間連続で点滴するコースを年一回受けるだけで再発を強力に防ぐことができる。忍容性面では自己免疫性甲状腺疾患や免疫性血小板減少症が発生することがあるので、休薬期も密接に監視する必要がある。

既存の薬で効果が最も高そうなのはエラン/バイオジェン・アイデックのTysabri(natalizumab)だが、Lemtradaも遜色なく、こちらが一番かもしれない。将来は、難治性の患者はLemtrada、経口剤を好む患者はバイオジェン・アイデックのBG-12、普通の患者はベータ・インターフェロンかBG-12、と使い分けられるようになりそうだ。

リンク:サノフィのプレスリリース(pdfファイル)

大規模試験


ランタスと高濃度オメガ3ポリ不飽和脂肪酸の心血管アウトカム試験がフェール

ADAとNew England Journal of Medicine誌でORIGIN試験の結果が発表された。糖尿病と診断されてから未だ数年の初期患者またはIGT(耐糖能異常)、IFG(空腹時血糖異常)の患者のうち、心血管疾患リスクを持つ患者12536人を組入れて、サノフィの長期作用性インスリンLantus(insulin glargine )と高濃度オメガ3ポリ不飽和脂肪酸の心血管疾患予防効果を2x2方式でテストしたが、殆ど効果がなかった。

残念な結果だが、この試験は用途、対象患者、市場シェアの拡大を企図したものであり、現在承認されている用途に影響するものではないだろう。具体的には、先ずLantusの試験の場合は、ACCORD試験やADVANCE試験、UKPDS試験のような積極的・集中的血糖治療の効果を検討したものではなく、病歴の短いうちにインスリンに切り替える効能を調べた。対照群の患者もmetforminなどによる治療を受けたので、HbA1cの群間差が小さく、心血管疾患リスクだけでなく小血管性合併症の発生も差がなかった。

費用や注射の手間を考えると、経口剤で足りる患者に敢てインスリンを用いる理由はない、ということになりそうだ。IGT・IFGの患者に関してはLantus群の方が治験期間中に糖尿病と診断された患者が少なかったが、これも、糖尿病発症を遅らせることに成功したのか、血糖値を引き下げて検査・診断をごまかすことに成功したのか、明確ではない。

さて、Lantusと言えば2009年に癌との関連性を示唆するドイツの疫学研究論文が刊行され、世界中で話題を呼んだ。医学者やサノフィは他の国でも疫学研究を行うと共に、ORIGIN試験のプロトコルを変更して癌の発生状況を密接に監視した。結果は良好なもので、癌全体でも、個々の癌についても、群間差は無かった。尤も、発症症例数が十分ではなかったのかハザードレシオの95%信頼区間上限は乳癌が1.7、肺癌1.6、結腸直腸癌1.5、前立腺癌1.2、黒色腫1.7となっている。太鼓判を押せるほどではないだろう。

但し、疑惑に否定的な研究はほかにもある。ADAで発表された北欧での疫学研究でもリスクは見られず、こちらは信頼区間が狭いので評価できる。比較対象がインスリンなので、metforminと比較したらどうなのか気になるところだが、それはそれとして、懸念材料が出なかったのは良かった。

上述のドイツの論文の第一著者が勤務しているIQWiGは、薬の効果や安全性、そして費用対効果を他の薬や他の病気の治療法と比較して、保険還付の当否を判定する公的機関だ。過去には、いわゆる超速効性インスリンの速効性に疑問を呈して通常の短期作用性インスリンで十分と主張したことがあるのだが、他国と比べて割高だった超速効性インスリンの価格をメーカーが引き下げたのと機を一にするかのように、議論が沈静化した。

Lantusの論文も悪いデータを見つけるまで様々な解析を行った形跡があり、読んでいて気分の良いものではなかった。疑惑は隠蔽すきではないが、疫学研究の制約を考えれば論文一本だけで大騒ぎをするのは患者を困らせるだけである。今回、様々な国の研究者が真偽を確かめるために、協力してあるいは夫々の国で独自に、様々な研究を行なって再現性が無いことを確認したことは大きな意義がある。

次は、高濃度オメガ3ポリ不飽和脂肪酸の試験を検討しよう。用いられた薬はノルウェーの石油会社ノルスクヒドロからスピンアウトしたPronova BioPharmaが開発したもの。EPA・DHA製剤はサプリメントとしても販売されているが、同社の製品は濃度が90%と倍近く高い。欧州ではソルベイ等がOmacor名で、米国ではグラクソ・スミスクラインがLovaza名で販売、日本では武田薬品がTAK-085として開発し昨年承認申請したところである。米国では高トリグリセライド血症の治療薬として承認されている。

この試験に参加した患者の平均トリグリセライド血は高くはなく、適応外の患者に効果がなかったとしても慌てる必要は無い。むしろ、高トリグリセライド血症患者を対象とした大規模アウトカム試験が行われておらず臨床的な効能が確認されていないことのほうを議論すべきなのだろう。

リンク:NEJM論文(どちらもオープン・アクセス)
Lantus試験
高濃度オメガ3ポリ不飽和脂肪酸試験

製薬会社の動き


コンサルティング会社のレポート紹介

今回は、コンサルティング会社のレポートを二本、紹介する。どちらも無料で購読できる。一本目はEvaluatePharmaの2018年予測で、主要な製薬会社や医薬品の売上高、そして特許切れの影響などを予測している。登録が必要で、ダウンロード・アドレスが記されたメールを受領した後にダウンロードと、やや手間がかかる。IMS HealthやDecision Resourcesほど有名な会社ではないが、無料なのが良い。

リンク:EvaluatePharma社のレポート・ダウンロード・サイト

もう一本はOliver Wymanのレポートで、製薬会社に医療保険組織攻略法を伝授するもの。米国、英国、ドイツなどでは公的/民間保険機関が新薬の費用対効果を厳しく査定するようになり、ジェネリック薬と比べて少し良いだけでは認めてもらえない時代になりつつある。製薬会社は積極的に効能をアピールしているが、必ずしも上手く行っていないようだ。同社は、薬物療法を行うことでその病気の総治療費をどの程度節約できるか調べてアピールせよとアドバイスしている。

Oliver Wymanは今回初めて知った。米国の業界団体であるPhRMAも薬の医療費抑制効果や総医療費に占める薬剤費の小ささ(米国は特に比率が低い)をアピールしている。他の国でも製薬会社が医療経済学的研究を活発化していくだろう。

リンク:Oliver Wymanのレポート・ダウンロード・サイト

今週は以上です。

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