2012年8月26日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月26日号



【ニュース・ヘッドライン】

  • イーラーリリーの抗アミロイド・ベータ抗体も第三相試験がフェール
  • BMS-986034は開発中止に
  • アクテムラ類似薬の第三相試験が着手
  • ファイザーのJAK阻害剤の承認審査期限が延期
  • 欧州心臓学会の注目演題(Efientなど)
  • 前立腺癌の予防法に関する正しい知識



【新薬開発】


イーラーリリーの抗アミロイド・ベータ抗体も第三相試験がフェール

(2012年8月24日)

イーライリリーは、LY2062430(solanezumab)の第三相アルツハイマー病治療試験が二本ともフェールしたことを公表した。プール分析で軽度の患者には統計学的に有意な認知機能低下抑制作用が見られた由だが、主評価項目で有意差が無かったのだから、本来の統計学では有意とは呼べないはずだ。証券アナリストの一部はFDAに承認される可能性もあると言っている模様だが、ありえないだろう。

solanezumabは先日、開発中止になったエラン/ファイザー/ジョンソン・エンド・ジョンソンのbapineuzumabと同様なアミロイド・ベータに結合する抗体医薬だが、結合部位が異なり血管原性浮腫のリスクが小さい模様。そのせいか、bapineuzumabの第三相試験では体重1kg当り1mgまたは0.5mgを13週間に一回点滴投与したが、solanezumabは400mgを4週間に一回点滴投与と、70kgの患者の場合で37倍または74倍の高量を投与できた。

このため、bapineuzumabより効果があっても不思議は無いのだが、現時点では、本当に効果があったのか分からない。二本の試験は何れも軽中度の患者1000人を組入れて80週間治療し、認知機能と生活機能の悪化を遅らせる効果を偽薬と比較したものだが、一本目はどちらもフェールした。軽度患者の認知機能悪化に有意差があったため、まだデータベースをロックする前であった二本目の試験の主評価項目をこれに切替えたが、有意差はなかった。再現性がなかったことは重要だ。

事前に設定されていた二次的評価項目のうち、認知機能に関するプール分析は有意差が出た。同様に事前設定の、軽度患者の認知機能に関するプール分析も有意差があった。しかし、どちらも、一本目の試験で軽度患者の認知機能が偽薬ほど悪化しなかったことが寄与したのだろう。二本目の試験で再現されなかったのだから、プール分析は意味が無い。検出力不足を補うために良く用いられる手法だが、この試験はアセチルコリン還元酵素阻害剤の試験と比べて組入れも追跡期間も長いので、サブセグメント分析でも検出力が低いとは考えにくい。

承認されるかどうかは兎も角として、注目されるのは、治療効果の多寡だ。抗アミロイド・ベータ療法の試験が大規模、長期なのは短期間の治療効果が小さいからである。厳密な統計学的には有意ではないのだが、もし有意だとしても、患者にとって意味のある治療効果が得られるかどうかは疑わしい。詳細は10月7-9日にボストンで開催される米国神経学学会などで発表される模様。

リンク:イーライリリーのプレスリリース

さて、抗アミロイド・ベータ療法の開発でもう一つ注目される動きが、5月に公表された、PSEN1変異を持つ健常者を対象とした若年性アルツハイマー病予防試験だ。

PSEN1はガンマ・セクレターゼの触媒部位で、アミロイド前駆蛋白からアミロイド・ベータを切り出す。コロンビア国にはE280A多型保有率の高いファミリーが5000人いて、若年性アルツハイマー病のリスクが高い。そこで、このファミリーのPSEN1を調べて、E280A多型を持つ200人をAC Immune社とロシュが共同開発しているMABT5102A/RG7412(crenezumab)を投与する群と偽薬群に無作為化割付して予防効果を検討する。

遺伝子検査の結果を知りたくない人もいるだろうから、E280A多型を持たない人も100人組入れ、偽薬を投与する。

E280A多型を持つ人は、アミロイド・ベータ40と比べて凝集性の高いアミロイド・ベータ42が多い由だ。これが発症の原因ならば、抗アミロイド・ベータ抗体の試験に適している。予防試験は多数の患者を長期間追跡しなければならないことがネックだが、発症率が高い層に絞り込めば克服できる。本来ならば、bapineuzumabもsolanezumabもこのような患者に絞り込むべきだった。

crenezumabは他の二剤とは異なり、IgG4型の固定領域を用いている。免疫刺激力を抑制することで血管原性浮腫を回避するアイディアで、実際、これまでの試験では発生していない模様だ。ロシュの第二相アルツハイマー病治療試験では体重1kg当り15mgを月一回、投与している模様であり、これはbapineuzumabの48倍または96倍に相当する。solanezumabと比べた特徴は、フィブリルやオリゴマーなど、様々な形態のアミロイド・ベータに結合すること。

この試験は、抗アミロイド・ベータ療法の有効性に関するファイナル・アンサーになりそうだ。

リンク:治験のスポンサーであるBanner Alzheimer’s Instituteなどのプレスリリース(pdfファイル)

リンク:ジェネンテック(ロシュの米国子会社)のホームページにおける説明

BMS-986034は開発中止に

(2012年8月23日)

BMSはC型肝炎ウイルスのNS5Bポリメラーゼ阻害剤、BMS-986094の開発中止を決めた。第二相試験で心不全が発生したことから治験中断となっていたが、この患者が死亡したことや、他にも8人が心臓、腎臓毒性で入院したことが理由。30人中9人、発生率3割は高すぎる。BMSは投与を受けた患者のモニターを続けると共に、副作用発生メカニズムを探求する考え。更に、FDAなどの承認審査機関や研究者と情報を共有する。

先週号で書いたように、類似した化合物であるアイデニクス(Nasdaq: IDIX)のIDX184もFDAから部分的治験中断を命じられた。一方で、ギリアッド(Nasdaq; GILD)のGS-7977(2011年に第三相試験開始)やヴァーテックス(Nasdaq: VRTX)のVX-222(第二相試験中)などは治験続行している模様だ。

NS5Bポリメラーゼ阻害剤はこれまでにも副作用による開発中止が少なくなかったが、原因事象は好中球減少症・貧血、肝機能検査値異常、胃腸毒性など区々である。今回の心腎毒性は初耳であり、それだけに、NS5B ポリメラーゼ阻害剤のクラス・イフェクトとは考えにくい。新薬開発というサバイバル・ゲームにはセットバックが付き物であり、最後まで生き延びて発売というゴールに到達する化合物が現れることを期待したい。

リンク:BMSのプレスリリース

アクテムラ類似薬の第三相試験が着手

(2012年8月23日)

ジョンソン・エンド・ジョンソンと開発販売パートナーのGSKは、CNTO 136(sirukumab)の第三相リウマチ性関節炎試験に着手した。

CNTO 136は抗IL-6完全ヒト化モノクローナル抗体(IgG1型)、で、日本発の抗体医薬Actemra(tocilizumab、和名アクテムラ、抗IL-6ヒト化モノクローナル抗体、IgG1型)と類似している。日本の研究者が関与しているのか、それとも単に日本の免疫研究に敬意を表したのか、シルクという日本的な一般名が付与されていることが目を引く。Actemraは皮注用製剤が年内にも承認申請される予定だが、CNTO 136は最初から皮注用だ。発売されれば有力な競争相手になりそうだ。

リンク:ジョンソン・エンド・ジョンソンのプレスリリース

リンク:グラクソ・スミスクラインのプレスリリース

【承認申請・承認】


ファイザーのJAK阻害剤の承認審査期限が延期

(2012年8月21日)

インターロイキンの作用をブロックする薬といえばもう一つ、ファイザーのJAK阻害剤CP-690,550(tofacitinib)がある。JAKはインターロイキン受容体の細胞内シグナル伝達に係わる酵素で、tofacitinibはJAK1、JAK2に対してJAK3選択性が高いが、JAK3がJAK1やJAK2とダイマーを形成することもあることが判明し、JAK3阻害剤ではなく単にJAK阻害剤と呼ばれるようになった。

インターフェロンを含めて様々なインターロイキンの作用を阻害するが、副作用の出方はActemraと良く似ている。経口投与なので、使いやすい。一方で、高用量を投じた臓器移植後拒絶反応防止試験では強力な免疫抑制作用を発揮したので、深刻な感染症や癌のリスクがないかどうかが注目点だ。

ファイザーは抗リウマチ薬として日米欧で承認申請、米国では諮問委員会の多数が承認を支持したが、承認審査期限が11月21日に、3ヶ月延期された。審査期限まで3ヶ月を切った時点で追加的な分析を提出したことが『承認申請の主要な変更』と見做されて、審査期間延長規定が適用された。

リンク:ファイザーのプレスリリース

【大規模試験】


欧州心臓学会の注目演題

ESC(欧州心臓学会)会議が8月25日から29日まで開催される。例年、様々な大規模アウトカム試験の結果が発表されるが、今回の注目は、日本時間今晩に発表されるTRILOGY ACS試験だろう。第一三共が創製しイーライリリーと共同開発販売している、Plavix(clopidogrel、和名プラビックス)より優れる抗血小板薬、Efient(prasugrel)の適応拡大試験で、成功なら潜在市場規模が拡大する。高齢者や肥満でない患者に対する至適用量も検討されるはずだ。

TRILOGY ACS試験は不安定狭心症または非ST上昇型心筋梗塞を発症してから10日以内の、PCIやバイパス術ではなく薬物療法を施行する予定の患者10000人余をEfient群(負荷用量30mg、維持用量は10mg一日一回、但し75歳以上と体重60kg未満は5mg)とPlavix群(負荷300mg、維持75mg)に無作為に割付けて、心血管イベントの発生状況を比較した適応拡大試験。

Efientは発売が2009年とPlavixより11年遅い分、適応がPCIを受ける患者だけに留まっており、薬物療法や末梢動脈疾患、脳梗塞は未承認。強力な抗血小板療法は脳梗塞の再発予防には適さない(頭蓋内出血のリスクが高まる)可能性があり、末梢動脈疾患はPlavixですら普及率があまり高くないので、Efientの適応拡大分野として最も有望なのが今回の用途だ。

成功間違いなしとは言えないだろう。薬物療法の対象になるのは主として心筋梗塞再発リスクがそれほど高くない患者や基礎体力の弱い患者だが、前者は強力な抗血小板療法の長所が発揮されにくい。リスクを30%削減できたとしても、発生率が30%から21%に下がるのと、10%から7%に下がるのではアピール度が異なる。深刻な出血の発生率はどちらのケースでも大差ないだろうから、便益とリスクのバランスが取れない可能性が生じる。

基礎体力の弱い患者は出血時の転帰が悪いかもしれないので、抗血小板療法の悪い面が目立ってしまう可能性がある。尤も、この患者層は75歳以上または60kg未満に該当する人が多いだろうから、維持用量を調節する新手法が奏効する可能性もある。

この新手法は、現在の承認用途における至適用量を検討する上でも重要なエビデンスになりうる。元々、TRILOGY ACS試験でこの手法を採用したのはPCI試験で75才以上あるいは60kg未満の患者の出血リスクが高かったことが理由だ。維持用量半減が至適なのか、再発予防効果も低下してしまうのか?ESCの第二の注目点だ。

リンク:TRILOGY ACS試験のデザイン・ペーパー(PubMed抄録)

このほかに医薬品のアウトカム試験では、Aldo-DHF試験(アルドステロン受容体ブロッカーspironolactoneの拡張期心不全試験)や、ALTITUDE試験(レニン阻害剤aliskiren、和名ラジレスの二型糖尿病アウトカム試験・・・腎障害を防ぐどころか悪化し脳卒中のリスクも浮上したため中間解析で中止、各国で用途・用法が制限された)の結果も26日のホットライン・セッションで発表される予定。

【病気と予防】


前立腺癌の予防法に関する正しい知識

(2012年8月22日)

xxはxx癌の予防に役立つ・・・TVの健康バラエティ番組や書店の医療書コーナーで良く見かける文句だが、文献に当っても十分な根拠が見つからなかったり、その後の研究で否定されていたりすることが、ままある。まあ、トマトのようなポピュラーな食物ならもし効果が無かったとしても栄養にはなるだろうが、十分なエビデンスを欠いたまま安易に布教するのは学問の妨げになりかねない。

日本でも大規模な調査が行われ、ある程度優れたエビデンスが構築されているのだが、このような良貨を悪貨が駆逐してしまいかねない。大規模な研究には資金が必要であり、資金を集めるためには、時間と人手が掛けなくては真実を知ることができないことを社会に理解してもらう必要がある。

今回は、サイエンスデイリーに掲載された、前立腺癌に関する六つの質疑を紹介しよう。食物やサプルメント、検査などの有効性に関して、Fred Hutchinson Cancer Research Centerの研究者の意見を尋ねたもの。PSA検査に関するものは我田引水を感じるが、何にせよ、色々な意見が存在することを知ることは有益だろう。

謎1:トマト製品の摂取は前立腺癌を予防する。

回答:誤り。初期の研究ではトマトの赤色色素であるリコピンの摂取量と前立腺癌の間に関連性があったが、その後の研究では再現されていない。

謎2:テストステロン量が高いと前立腺癌のリスクが高まる。

回答:誤り。2008年にJournal of the National Cancer Instituteに刊行されたメタアナリシスでは、血中テストステロン濃度と前立腺癌の発症の間に何の関連性も見つからなかった。

謎3:魚油(オメガ3脂肪酸)は前立腺癌のリスクを引き下げる。

回答:二つの研究では、むしろ、アグレッシブで高悪性度の前立腺癌のリスクが高まる可能性が浮上した。

謎4:サプルメントは前立腺癌の予防に役立つ。

回答:セレニウムやビタミンEの前立腺癌予防効果を調べた過去最大規模のSELECT試験は、どちらのサプルメントも、また、両方を摂取しても、予防効果が無かったため中間解析で打ち切られた。その後の追跡研究では、ビタミンE群はむしろ前立腺癌のリスクが高かった。

謎5:PSA検査がきっかけで前立腺癌を発見しても、治療すべき癌とその必要が無い癌を見分けることは出来ない。

回答:過り。腫瘍量(バイオプシーで取得した標本のうち癌が見つかったものの数)やGleasonスコアも考慮することによって、治療すべきか、ウオッチフル・ウェイティング(患者を密接に観察するだけに留めて病気が進行したら介入する)が適切かを判定できる。

謎6:PSA検査がきっかけで前立腺癌が発見された患者のうち、治療で便益を受けるのは50人中一人のみ

回答:誤り。欧州で実施された大規模な前立腺癌予防試験の予備的解析に基づく数値だが、追跡期間が短いため、治療の便益を過小評価、治療から便益を受けない人の数を過大評価している。実際は10人に一人程度である。

リンク:ScienceDailyの記事

今週は以上です。

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